MHA

□赤と白が並ぶその日まで
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「久し振り」

誰にも聞こえないように声を潜めて、到着してすぐにヒーローコスチュームに着替えた私の横をすり抜けるように彼は、見回りに行くよと相棒を引き連れ事務所を出た。
その後ろについて歩き、私は初めからマントの袷を留めずに外に出るのと同時に翼を広げた。

「へぇ…」

両腕の翼のみでなく、背中にも生やせるようになった計4枚の翼を広げて、私は彼の後を追うだけでなく、なるべく並走して飛ぶことを意識した。
背中の羽根はまだ小さく、それだけで飛ぶには速度が足りないが、腕の翼と併せれば今まで以上の速度でより安定した飛行が出来るようになった。
だけど進歩しているのは私だけではなく、常闇くんもまた職場体験と同じ轍は踏まぬと、新技を使って空を行く私達の速度に食らい付いていた。
私達の進歩に少しばかり後ろを振り向いては、感心したように小さく声を漏らした彼は口元で弧を描いていた。

「きゃー!!ひったくりー!!!」

ただ空を飛ぶだけでなく、同時に目下を行き交う人の動きにも目を向けていれば、小さな悲鳴が耳に入った。
声のする方に目を向ければ、倒れ込む女性と、その数メートル先を逃げるように走り去る男の姿が見えた。

「ホークス、ここは私が!」

すぐに動きを止めて羽根を向けようとした彼を制して、私は最高速度でその男の元へと飛んだ。
地を走るその男には簡単に追い付き、その背を押して即座に道路に組み伏した。

「怪我したくなかったら抵抗しないで」

両腕を鉤爪で抑え込み、無駄な抵抗をさせぬようにとアスファルトに爪を立ててわざとらしく音を鳴らした。
息を飲むように小さく悲鳴を上げた男は、「化け物」と悪態を吐くも悔しそうに顔を歪めて抵抗を止めた。

「ハーピー、大丈夫か?」

「平気、拘束代わってもらえる?ツクヨミ」

「あぁ」

少し遅れて追い付いた常闇くんに男の拘束を代わってもらい、男を倒した時に転がった女性物の鞄から零れた中身を拾い集めて、背中の翼をそのままに四肢だけを元に戻してそれを持ち主である女性に手渡す。
女性は初めて見る私の姿に戸惑ったようだったが、鞄を受け取ると笑顔を浮かべて感謝の言葉を口にした。

「ありがとう」

「いいえ、怪我はありませんでしたか?」

「私は大丈夫。本当に助かったわ」

そうしている内に駆け付けた、上空で私達を見守る彼の相棒達に拘束していた男を引き渡し、私達はまた見回りを再開した。


「さて、ツクヨミ、ハーピー。夜間飛行とシャレこもうよ」

日も暮れて、制服に着替えを済ませた私と常闇くんが帰り支度を始めれば、待っていたと言うように、ソファから立ち上がった彼が上着の前を閉じた。
制服に着替えてしまっていた私は、そのままでは個性を使用できないため、事務所にあった彼のコスチュームのスペアを借りて、背中に予め開いた穴に翼を通して外に出た。

「ホ!ホークス!!我々風になっている!」

「飛ぶの初めて?」

夜の空に翼を広げるのは私はこれが二度目で、街の灯りを見下ろしながら冷えた風に髪を揺らせば、狼狽したような声が更に上空から聞こえた。
彼の腕によって抱えられる常闇くんは、手足をぴんと伸ばして、捕まる場所がないことに少しばかり落ち着きをなくしていた。
そんな常闇くんを可笑しそうに笑いながら、電波塔の僅かな足場に下ろして、彼は私にしたように鳥仲間のよしみだなんていいながら、遠くを見つめて言葉を並べた。
それを邪魔しないように私は更に上を飛んで、空を泳ぎながら近付いた月をゆっくりと眺めていた。

ふと、昼間言われた『化け物』の言葉を思い出し、その言葉に以前のように痛まぬ胸に気が付いた。
数ヶ月前の私だったら、その言葉に酷く落ち込んでいただろう。
だけど以前とは違って既に覚悟の決まった私にとって、その言葉に胸が軋むことはなかった。

「私着替えてから帰るから、常闇くん先に帰ってて」

「わかった」

夜間飛行を終えた私達は、事務所の前に降り立ち、私は彼に借りた上着を返す為に常闇くんを先に帰して事務所の戸を潜った。
誰も居ない事務所の電気は消されていて、彼がそれを手探りで点ければ、ブラインドを下ろし忘れた窓ガラスに私の姿が映し出された。
ぶかぶかの彼の上着を羽織って、その背に彼よりひと回り小さな白の翼を携え、まるで憧れの姿を真似した子供の様だった。
それをぼんやりと眺めていれば、彼の手がその窓のブラインドを下ろして、私の姿を隠した。

「やっと触れた」

窓から離れてそのまま私を腕の中に引き込むと、彼は詰めた息を吐き出すように口にして、私の冷えた髪にその頬を擦り寄せた。
控え目に回される腕に、背中の翼を仕舞えばその腕は更に絡みつくように背中を抱いた。

「ちょ、ホークス!どこ触って…!?」

「いいから、ちょっとだけ」

背中を這う彼の手の平はいつの間にか服の中に侵入して、飛ぶ為に脱いだ私の肌に直に触れていく。
抵抗しようともがく私をものともせずに、彼の手は簡単にも上着の前を解いて、暴かれた素肌の上に熱い唇を落としていく。
少しだけと言いつつ、意地の悪い彼は私がすっかり熱を上げるのを見計らって、漸く触れるのを止めたかと思えば、優しくキスを落として嬉しそうに目を細めた。

「意地悪」

「なんのことだか。さ、帰ろう?」

とぼけた顔して彼は私の制服を手渡して、それを着終わるのを確認すると私に手を差し出した。
その手を迷わず取れば、握り返した彼が私を抱えて、再び明かりを消した事務所から飛び立った。




「…みょうじ、話がある」

「なに?常闇くん」

翌日の見回りを終え、着替えを済ませて帰ろうかと常闇くんに声を掛ければ、話があると神妙な顔をして呼び止められた。
皆席を外していて丁度誰も居ない事務所の一室で、常闇くんは重い口を開いた。

「昨晩のことだが…」

「昨日?夜間飛行のこと?」

「いや、その後だ」

「その、後……?」

常闇くんが指す夜間飛行の後、私達は別々に帰路についたために接点はないはずだと首を傾げれば、視線を逸らした常闇くんの眉根に皺が寄った。
まさかと、思い当たる節に目を見開けば、それを肯定するように常闇くんは小さく頷いた。

「誰にも言わないで…」

「言うわけがないだろう。しかし…」

慌てて口外しないで欲しいと懇願すれば、常闇くんはきっぱりと言うわけがないと口にしてくれたが、その表情は曇ったままだった。
不安気にその顔を覗き込めば、咎めるように言葉を続けた。

「奴も男だが、ヒーローだ。ああいう行為はみょうじだけでなく奴をも貶めるぞ」

「……わかってる」

「わかっているなら軽率な行動は控えるべきだ」

「それは…「それは無理な話だね」」

気を付けるなんて言葉は、既に見られてしまった常闇くんに対しては無効なことをわかっていて、責めるような視線に耐え兼ねて俯けば、とどめを刺すような言葉に胸は鈍く痛んだ。
もしも世間に知られてしまったら、確かに傷が付いてしまうのは一学生である私より、仮にもbQヒーローの彼の方で、それがわかっているからこそその言葉を否定するものが見つけられずにいれば、彼の大きな手が私の顔を隠すように目の前に翳された。

「ホークス!聞いていたのか…」

「まぁ、たまたまね」

突然現れた彼にバツが悪そうに常闇くんは言葉を濁し、彼は私の顔を隠した手の平を肩に置くと、後ろから抱き締めるように腕を回した。
常闇くんの目の前での彼の行動に私が赤面すれば、私よりも常闇くんが慌てたように辺りを見渡した。

「だ!だからそういう行動を控えろと!」

「わかってる。でも久し振りなんだ、大目に見てよ。それに、ツクヨミにもいつかわかるよ、男ってのは惚れた女に弱いもんなの」

周りに人が居ないことを確認した常闇くんは、彼の行動を咎めるように指差すが、彼はそれをいつもの飄々とした態度で躱す。
私を挟んで行われるやり取りに、私はただ恥ずかしさに赤くなる顔と嬉しさに緩む口元を隠したくて、必死に俯いては早く会話が終わるのを黙って待っていた。


彼を射止めた







「ホークス、私、頑張るからさ」

再び訪れる別れの日に、私は常闇くんに頼み込んで彼との時間をほんの少しだけ作ってもらった。
見回りの合間に降り立ったビルの上で、別れの時間を告げる太陽がゆっくりと沈んでいくのを彼と並んで眺めた。
沈みゆく日の光を浴びる彼は、その背の翼と同じように赤く染められていて、彼から見た私も同じような色をしているのだろうと思った。

仕舞った背中の翼を再び広げて、その白に夕日の橙を浴びれば、少しは彼と同じような赤に見えているだろうか。
少しだけ深く息を吸い込んで、下ろした瞼の裏でその姿を思い浮かべながら、私は口を開いた。

きっと、あなたの隣に並んでも胸を張れるような立派なヒーローになるから

「だから、もう少しだけ待ってて」

伏せた瞼を持ち上げて、真直ぐに彼を見て、迷いのない言葉を誓いのように並べれば、彼は眩しさに目を細めるようにして、眉を下げて柔らかく表情を崩した。

「もう少しだけだよ?」

お道化るように彼は笑って、風に靡く私の髪を撫でつけながらそっと唇に触れた。


が並ぶその日まで fin.

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