MHA

□赤と白が並ぶその日まで
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「ハーピー?忘れ物?」

勢いよく扉を開けた先には丁度彼が1人でいて、開いた扉に驚いたように目を丸くしてから、私とわかるとすぐに目を細めて笑って見せた。

「あのっ、私も…聞きたいこと、あって。それと…言いたいことも…」

「まぁまぁ、落ち着いて。座りなよ」

走って来たせいでまだ乱れている呼吸を整えもせずに口にしたものだから、その言葉は途切れ途切れになってしまって、落ち着くようにと彼は笑いながら自分の座るソファを叩いて近付くことを許してくれた。
叩かれた彼の隣ではなく、向かい合うソファにそっと腰を下ろし、深く呼吸を繰り返して整えるも、早鐘を打つ心臓は緊張も相まって治まることを知らなかった。

「その…どうして入賞もしていない私だったんですか?」

伝えるよりも先に、疑問を解決してしまおうと私はあの日聞けなかったことを改めて口にした。
大体の理由はきっと常闇くんと一緒だろうけれど、それでもはっきりと彼の口から答えが知りたかった。

「んー…そりゃあ最初はショートくんを指名しようと思ってたよ。でもまぁ、彼bQの息子さんでしょ?」

「じゃあやっぱり…私も鳥仲間…だからですか?」

「確かに、それもあるけど…」

本当は轟くんを指名するつもりだったなんて、わかってはいてもやはり彼の口から直接言葉にされると刺さるものがあって、所詮私は常闇くんがダメだった時の保険のようなものだったのだろうと思うと自然と言葉は尻すぼみになった。

「でもそれ以前に、綺麗だと思ったからかな」

「え…?」

「なのに飛び慣れてないような感じだったから、もったいないと思ってね」

なんでもないことのように彼は続けるが、綺麗という言葉に私の心臓は更に強く脈打った。
勘違いなどしてはいけないと頭の中で警鐘が鳴るように、鼓動の音は体内に響いて鼓膜を揺らした。

「楽しかったでしょ?夜間飛行」

彼が言うそれは初日の体験が終わってホテルに戻った後のことで、初めて夜空に翼を広げた日のことだった。
月明かりを背に浴びながら街の灯りを見下ろして、空は自由に飛ぶものだと、彼は教えてくれた。

「あの、ホークスさん…私……」

目の前で自身の羽根を一枚宙に泳がせて、穏やかな表情でそれを眺める彼に、私は制服のスカートを皺になるくらい強く握りしめながら意を決して口を開いた。

「私、ホークスさんのこと……」

どうせ叶うなんて思ってはいなかった。
ただ伝えたい、その一心で開いた口は言葉を紡ぐ前に彼の手によって塞がれてしまった。
机の上に身を乗り出して、伸ばされた手の平は頬に触れて、親指の腹が唇の端から端を縫い付けるようにゆっくりと滑って、視線だけを彼に向ければ悪戯に微笑んだ。

「それ以上はダメ、帰せなくなるからね。ほら、送ってくよ。まだ間に合うでしょ?」

顎の先を伝って離れた指先を彼は私に差し出して、据えたままの腰を上げるように促した。
私はその手を掴もうと腕を伸ばしかけて、空中に数秒置いたまま、静かに太腿の上に戻した。
どうしてかそれを掴んでしまってはいけない気がしたからだ。

「ホークスさん、私…まだ帰りたくないです」

これではっきりと拒絶されたのなら、それで終わりにして大人しく帰ろうと思った。
だけど彼はそうはせず、羽を使って私を立ち上がらせると、そのまま腕の中に閉じ込めた。

「ホークス…さん?」

「じゃあ…焼き鳥でも食べに行こうか」

身体が密着する程に強く抱きしめられて、依然治まらない心臓の音はきっと彼に聞こえてしまっている。
気恥ずかしくも、嬉しくもある状況にどうしていいかわからず、彼の服の裾をそっと掴めば、耳元で彼は小さく笑った。
彼の好物でもある焼き鳥を食べに行こうかだなんて、この状況に大よそ似つかわしくない言葉に私もつられて腕の中で笑ってしまいながらも小さく頷けば、更に回した腕に力が籠った。



「ベッド使っていいよ」

彼の行きつけの焼き鳥屋に連れて行ってもらい、お腹を満たして店を出たのはまだ最終の新幹線にも十分に間に合う程の時間で、きっとそのまま帰らされるのだろうと思っていれば、辿り着いたのは彼の部屋だった。
急すぎる展開について行けずに混乱した私は、彼に言われるままにシャワーを浴びて、借りたTシャツに袖を通したところで漸く我に返った。
抱き締められた時に感じた彼の匂いが色濃く香る服や髪に、落ち着きを取り戻していた心臓もまた乱れ始める。
私と入れ違いに風呂に向かう彼の背を見送りながら、どうせ帰らなくてもいいのなら今度こそはと、言わせてすら貰えていない言葉を心の中に準備した。

そうしている間に、烏の行水と言ったものか、ものの数分で彼は上半身裸で肩にタオルをかけ、身体から微かに湯気の立つ状態で部屋に戻ってきては、ベッドに腰かけたままの私を見て少しだけ目を丸くした。
寝てても良かったのにと笑いながら私の座るベッドを指差して、髪から滴り落ちる水滴をタオルで拭った。

「流石に一緒に寝るわけにはいかないでしょ」

別の言葉をずっと頭の中で反芻していた私がすぐに答えられずにいれば、彼は冗談めかしてそう言うと、わざとらしく顔を近付けた。
濡れた髪は垂れ下がって少しだけ顔を隠し、いつもよりも大人の雰囲気を醸し出して、悪戯に笑う表情でさえ色気が見え隠れした。

「一緒がいい……って言ったら、一緒に寝てくれますか?」

「……何もしない保障は出来ないよ?」

「ホークスさんになら、何されてもいいです。その……好き、だから…」

少し上にある顔を見上げるように視線を上げて、小さく尋ねれば額に濡れた髪が押し当てられて鼻先がぶつかる。
硬く握りしめていた拳を解くように重ねられた手の平は指先を絡め取って、逃がさないと言うようにシーツの上に縫い付けられた。
逸らしようのない至近距離で交わる視線に負けそうになりながら、事務所では言わせてもらえなかった言葉を紡げば、今度は言い終わってから、唇は塞がれた。

啄むように触れては離れる唇は、まるで私の拒絶を待っているかのようにどこか遠慮がちで、だけど絡めた指先が離されることはなく、私が握り返すのを待つかのように時折力が込められる。
空いた手で彼の背に控えめに腕を回し、そっとその肌に触れれば、それを合図に私の身体はベッドの上に沈んだ。
私を見下ろす彼の髪から滑り落ちた水滴は、頬を濡らして肌の上を転がって落ちていき、それを追いかけるように彼の唇は再び落ちて来た。

「好き…好きです…」

「うん」

「ホークスさん…好き……」

肌の上を滑る彼の手の平の熱を感じながら、うわ言のように私はその言葉を繰り返した。
心の奥底から湧き上がる愛おしさが抑えきれずに、どう対処していいのかもわからず、ただ溢れるように言葉は零れていく。
私がそれを口にする度に、彼は応えるように小さく返事を返したが、欲張りな私の心は同じ様に言葉を欲しがった。
縋るように彼の首に腕を回して、湿った髪を指先に絡めれば、私の胸元から困ったように眉を下げた彼が顔を覗かせた。

「だ…い、好き」

「ん、俺も」

私の髪を撫でて、優しいキスを一つ落として、熱に浮かされる私を揶揄う様に目を細めながら、彼は続ける。

「言ったでしょ?綺麗だと思ったって。ハーピーとしての姿も、もちろんみょうじなまえも」

欲しいと思ったから指名したんだよと、いつの間にか零れた私の涙を拭って、優しい目をした彼が私を見下ろす。
嬉しさに零れた涙はまたひとつと溢れ出して、その度に彼が指先でそれを掬い取って、子供をあやすように髪を撫でつける。

「ほんとに…?」

「本当。ほら、とっくに惚れてるよ」

しつこいくらいの私の問いに呆れた様に笑いながらも、彼は私の片手を掴んで自分の胸元へ運んだ。
そこから伝わる鼓動は私と同じように早く脈打っていて、眉を下げたままの彼が白状するように口を開いた。

「ちゃんと好きだよ、なまえ」


触れたに染められる

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