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□やわらかくて後
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「きゃーっ!!!」
抱きつくとアリスは、やっぱり叫びながら僕の事を両手で押しのけてきた。
アリスがあんまりにも暴れるから、いったん離れてからアリスに訊ねた。
「どうしたんだい、アリス」
「どうしたんだい?じゃ、ない!今抱きついてきたでしょ!!」
抱きついたのは事実だけど、何で怒ってるのか分からない。
だって、アリスは僕と一緒にお昼寝をしようって今、決めたはずなんだけど…。
「前は、こうしてお昼寝していたよ、アリス」
「そうだけど…。今は、駄目!!」
そう言ってアリスは、また僕から少し距離をとる。
せっかくアリスと一緒に遊べると思ったのに、すぐそばに居たのに、離れて行く距離がすこし悲しくなった。
「なんでダメなんだい?」
僕がきいてもアリスは僕から顔をそらして、それからは何も言ってくれない。
前はよくて今はダメな理由。
やっぱり僕はひとつの理由しか思い浮かばなくて、いつもと同じことを口にした。
「僕の事が嫌いになったんだね…」
いつもはアリスに訊ねるけど、前はよくて今はダメな理由はこれしかない。
僕がきっと、アリスに何か嫌われるようなことをしてしまったんだね…。
さっきまでは嬉しくて立てていた尻尾も、もう今は立てる気にすらならない。
僕がしばらく黙ってると、アリスの小さな声が耳を掠めた。

「……から」
それは、本当に小さな声でうまく聞き取ることができなかった。
相変わらず僕には顔を向けないまま、膝に顔を埋めて何かを言ったアリスに僕はもう一度声をかけた。
「何て言ったんだい?」
言うと、アリスは膝から頭を上げて真っ赤な顔で僕にこう叫んだ。
「だから、前は首だけだったけど、体が生えたから駄目なの!!」
大きな声を出したせいで、ふーふーと大きく肩で息をするアリス。
前みたいにしちゃいけないのは僕が嫌いになったから、じゃ無いのは嬉しかったけど、
じゃあ、どうして僕に体が生えたら抱きついちゃダメなんだろうか。
なんにも言わない僕を見て、意味が分かっていないのを察してくれたアリスが、
ふぅと一つ息を吐いてから、僕のそばにもう一度近付いて、説明し始めた。

「前はね…首だけだったから、平気だったけど、今のチェシャ猫には体が生えてるでしょ?だから駄目なの」
さっきとおんなじことを繰り返すアリス。
僕はその言葉の意味がよく分からないんだよ…。
「何で、体が生えたら抱きついちゃダメなんだい?」
「え、えと…それは、だから…」
アリスは途端に歯切れが悪くなる。
だけど、また目を逸らして頬を少し赤らめながら、ゆっくりとこう言った。

「……恥ずかしいから」
ぽつりと、言ったこの言葉。
なんだ、ただ恥かしがっていただけなんだね。
抱きつくたび、ずっと避けられてた理由が分かってなんだか安心した。
「僕ははずかしくないよ」
僕が言うと、「私は恥ずかしいの!!」とアリスが非難を込めた目で僕を見ながら大きな声で叫んだ。
「第一、普通は体が大きい方が、抱いてあげるんだからね!!」
続けてそう叫んだアリスに僕は、はっと気がついた。
そうか、アリスは僕に抱いて欲しかったんだね…。

ゆっくりとアリスの方に腕を伸ばして、僕の方に引き寄せた。
膝の上に乗せると、アリスは慌てて抵抗し始める。
後ろから、前に僕がやってもらってたみたいに、ぎゅ、と抱きしめて何度も頭を優しく撫でると、
大人しくなったアリスは僕の胸の方にゆっくりと頭をもたらせて来た。
「チェシャ猫、あったかくて柔らかいんだね」
「猫は、そういうものだよ」
僕が言うのをきいて、あはは…と、声を出して笑うアリス。
その間もずっと、僕はアリスの頭を撫で続ける。
しばらくそうしていると、アリスが大きな欠伸をした。
体は僕に預けられたまま、アリスの瞳はなんだか今にも眠ってしまいそうで、
その重たそうな瞼を何度も閉じかけてはどうにか、持ち上げている。
僕はゆっくりアリスに言った。
「おやすみ、アリス」

ゆっくりと瞳を閉じたアリスは、すーすーと寝息を立てて僕にもたれかかって来ている。
そのアリスの頭を、やっぱり起こさないようにゆっくりと撫で続けた。
僕が眠ってしまうまで、アリスはずっと僕を撫で続けてくれたけど、きっと僕が眠ってからもこうしてくれていたと思うから。
眠っているときも温かかったからね…。
その温かさをアリスにも伝えてあげたくて、優しく優しく、思いが届くように…。
もぞ…と、アリスが動いた。
僕は起こしてしまったのかと慌てて、アリスの顔を覗き込んだ。
「ん…チェシャ、ねこ」
規則正しい呼吸を繰り返して、眠っていたアリスはふわり、と笑いながらそう言った。
ほら…伝わった。
僕はやっぱりアリスに前みたいに抱きしめてもらいたいけど…。
「たまには、いいかもしれないね」
誰が聞いているでもないのにそう呟いて、僕はまたアリスの頭を撫で始めた。






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