小説

□私達の前奏曲
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「・・・は?」



私は思わず、職員室でコウちゃんに向かって間抜けな声を発していた。

目の前のコウちゃんは椅子に座ってタバコをふかしつつ私に困惑したような表情を見せた。




「俺も急に言われたからよ、なんでかはわかんねぇけどナガル、お前、立食会でピアノ弾け。」





本日二度目のこの言葉に困惑する。
ピアノ?なんで?
時々、音楽室に顔を出しているし別に私が弾く必要ないじゃないか。



どうして、今更ピアノなんかを。しかも、立食会なんて大きなイベントで私に?



わけがわからない。
大体私はクラス全体で警告を受けている。なのに私に?



・・・今年、なにもかもおかしいよ。






「できません。私にはもうピアノを弾く資格なんてない。」

「ほぉ、ピアノを弾くのに資格なんか必要なのか?」

「っ・・・!」







私は思わずコウちゃんの言葉につまずいた。
さすが腐ってても教員、私の言葉なんか簡単に掬い上げる。
・・・コウちゃん、化学教師なのになんか国文学得意そうだよなぁ。





「逃げてるだけだろ?
責任逃れしたいんだろ?
なぁ、ナガル。どうして自分を押し付ける?


そんなに怖いのか?周りの人間がいなくなるのは。
それとも」






一旦切られた言葉の続きは聞きたくなかった。
でも、耳を塞ぐことは本当の逃げだ。


もう、私は逃げたくない。





あの時、あの場所で私は逃げ出したけれど今度こそ。







「スナオがいなくなるのが嫌なのか?」

「・・・コウちゃん、私、別にスナオなんてどうでもいいんだよ」





でも、と私は言葉を繋ぐ。








「今を壊すことだけはしたくない。」

「ご立派ご立派。」





ぱちぱちと気のない拍手を繰り返すコウちゃんに私は少しだけ苛立ちを覚える。
しかし、これはコウちゃん流の挑発だと私は知っていたから感情的にはなれなかった。


だって、彼は知っているから。

全部全部知っているから。





「ピアノを辞めることでお前は安心を感じてる。
なぁ、もういいじゃないか。

もう5年も前の話じゃないか。」

「・・・。

曲は?」






ひゅ〜と吹かれた口笛を静かに聞き流しながら私は楽譜を受け取った。



あれ?この曲・・・。



プレリュード?
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