短編(ブック)

□巡礼
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日向家のリビングに飛び込んできたのは、彼らと親しい友人である桃華の執事だった。その凛とした佇まいは、かつてストレートファイターだった名残を残しつつも一流の執事としての貫録に満ちている。今、こうして他者の家に飛び込んできた時でさえ、その佇まいは崩れていなかった。


「急に申し訳ありません、皆皆さま。…少々、お時間をよろしいですか。」
「は、え…あの、西澤さんはどうしたんですか?」


最も彼女と関わりが深い冬樹が尋ねる。いつもであれば、ポールは桃華のすぐ傍に控えている存在のはずだ。けれど、その肝心な桃華の姿がない。桃華が一人で日向家に来ることはあれど、ポール一人でこの場所に来ることはほとんどなかった。

夏美もケロロも突然の襲来に呆然としている。何と言っていいのか分からないのだ。クルルもまた、探るようにポールを見ていた。ある種、サブローの危機を救ってくれたことへの感謝もあったが、その異様な空気がクルルの表情緩和を拒んでいる。
そして、サブローもまた、突然のポール襲来に嫌な予感がするのを止められなかった。


「それが、桃華お嬢様は…、」
「ゲロ、なんか嫌な予感が…。」

「分家の者たちに囚われてしまったのですっ…!」


ポールのその言葉に、冬樹や夏美、ケロロは言葉を失くす。分家の存在を初めて聞いた所為もあるだろう。しかも桃華が囚われた、というにわかには信じられないものが急に襲いかかってきたために反応することができなかった。

けれどサブローは違う。サブローは分家の存在を嫌という程知っていた。幼い頃、まだ梅雄と会うことを控えていなかった時、サブローは分家の者たちとも会っていたのだ。幼心に不快感を持った、あの卑下た瞳をサブローは忘れていない。


「桃華ちゃんが…!?」
「どうして?分家って言ったら、西澤さんの親戚じゃ…。」


日向家の姉弟が疑問の声を上げる。普通の一般家庭に育って二人には理解できないのだろう。ドラマではよく見ることも、それが身近な人物とあっては考えが行きつかないのだ。どんなに大人顔負けの知識や能力を有しているとしても、思考そのものはまだ成人に達しない子供。察しろ、という方が無理だった。

だが、ケロロやクルル、サブローは違った。その意味するところを正確に理解してしまったのだ。


「ク、さすが西澤家ってかァ?…次期当主を攫うなんざ、やることがまんま過ぎて笑えてくるぜェ。」
「クルル曹長、」

「へぃへぃ。」


クルルは笑い声を上げるが、真剣な目をしたケロロに窘められて口を閉ざした。有事の際には人格が変わるケロロだ、その心の中では既に小隊集合は決定事項なのだろう。クルルはサブローの危機が去って良かったと思う反面、面倒だと思わずにはいられなかった。

ケロロがポールに問いかけている後ろで、ちらりとクルルがサブローを仰ぎ見る。サブローも親しい友人とは言え、内輪揉めに関わりたくないと思っているだろうか。その表情を探るべく、彼の顔を見た瞬間、クルルは言葉を失った。


「……、」


静かにポールを見つめるサブローの、その青い瞳にあるのは憤怒だった。傍目には冷静に場を探っているように見えるだろう。けれど、クルルには分かる。彼の感情を見誤ることなどしない。

青い瞳に存在していたのは、間違いなく怒りの感情だった。





















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