短編(ブック)

□巡礼
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「サブロー!?」
「っ…、」


クルルの叫びと同時に振り上げられたナイフはサブローの柔い皮膚を容易く切り裂いた。ザシュ…と嫌な音がすると同時に、サブローの手首から鮮血が噴出する。扉の前にいたピエールやポールも言葉を失くしていた。

サブローの血液はそのまま真っ直ぐに鉄の杯へと滴り落ちる。次第に血液が溜まっていく杯が、仄かに輝きを帯び始めた。壁に掘られた文様と杯に刻まれた海鷲の紋章が血液の滴りとともに輝いていく。杯の中が血液で溢れるほどになる頃、その輝きは地下室全体を照らすまでになっていた。


「…あれ、なんだか明るい…?」
「ドロロ、何があったの?それに、この臭い…」

「しばし、しばし待たれよ…。拙者も、今は動けぬでござる。」


夏美や冬樹が目を覆われていても明るさを感じることを疑問に思い、小雪は明るさ以上に漂う鉄の臭いに表情を顰めた。しかし、ドロロもギロロもその疑問に返すことはできない。彼らもまた、目の前の光景に言葉を失くしてしまっていたのだ。

そして輝きが行く手を塞ぐ扉にまで伝わっていく。古代の文様が浮かび上がり、ズズズと音がしたと同時に扉がゆっくりと上がっていった。


「このようなことが…、」
「だが、なぜサブロー殿はこれを…?っサブロー殿!」


ポールが扉を開けたサブローを振り返ると、サブローは息を荒くし、少し足元がおぼつかない姿があった。慌ててポールが駆け寄り、サブローを支える。その体は大量の血液が一気に失われたからか、少しばかりの冷たさがあった。次いで近くにいたピエールも駆け寄り、すぐさま未だに血を流す手首へとハンカチを巻きつけた。かなり深く切り付けたためか、ハンカチはすぐに赤く染まっていく。

ようやく硬直から解けた一同がサブローへ駆け寄ると、クルルが亜空間から応急処置用の包帯を取り出してサブローの手首へと巻きつけた。


「はっ…はぁ…。」
「サブロー、大丈夫か?」
「ん、何とか…ね。血って無くなると大変なんだねぇ。」

「なんでそんなにお気楽なのでありますか…。我輩たちの方が死にそうになったであります。」


お気楽などと、ケロロにだけは言われたくない言葉であるが、後半の言葉にはサブローを除く全員が同意を示した。特にクルルと夏美のうろたえ方は凄まじく、夏美は明るくなったと思ったらサブローが血を流して倒れているのだから本気で泣いてしまった。

クルルもクルルで、サブローの一連の行動に口を出せず、その行動を見守るしかできなかった。見た目には普段と変わらないように見えるが、その震える手がクルルの動揺を表していた。


「でもほら、扉開いたし。俺は大丈夫だから、早く中に行こうよ。」
「ほ、本当に大丈夫なのか?顔色が、」
「まぁ血がなくなっちゃったからね。…治るまで休んでたら、いつになるかわからないし。」

「では、サブロー殿は私が。」


ふらつきながら立ち上がるサブローをポールが支える。その隣を守るかのようにクルルが寄り添った。クルルは言葉こそ発しないが、その目が、纏う空気が、サブローへの心配と困惑を物語っている。

ポールに支えられながら歩き出したサブローに、皆が続きながら扉を潜る。突然のことにどう対応してよいのかわからなくなっていたシオンも、テララに微笑みかけられ、凛とした佇まいを取り戻していた。


「行きましょう。」


冷静さを取り戻したシオンが皆を先導していく。それに続くようにしてサブローとポール、クルルも歩き出した。少しおぼつかないサブローの足元をポールが支える。

扉を潜り、仄かに灯る燭台が照らす道を進んでいく。より人工的になった道は、城の中へと入った証拠だ。人の気配がする道を慎重に進んでいく。その道中で、ポールは静かにサブローへと問いかけた。


「サブロー殿、あの扉の仕掛けは…、」
「…この先に行けば嫌でも分かります。きっとご丁寧に説明してくれるはずですよ。」


ポールの問いに、サブローは冷ややかな声で返した。それはポールに向けられたものであってそうではない。その冷ややかさに聞き耳を立てていた周囲が息を呑んだ。

サブローはこの中で、ドロロに次いで温和だと認識されている。いや、戦闘での激昂がないことを踏まえれば一番温和といっても過言ではなかった。そのサブローが、冷ややかな言葉で敵意を滲ませている。

子供らしからぬサブローの雰囲気に呑まれ、ポールはそれ以上何も言うことができず口を閉ざす。この先に待っているのが誰であるが、知っているのはサブローだけだった。
















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