短編(ブック)

□純粋と汚れの間で
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震えがいくらか落ち着いたサブローは、クルルに有無を言わせずに抱えられ、ベッドに座らされていた。痛々しい身体をクルルの白衣で包み、サブローは怯えを含ませた目をクルルに向ける。

それは、クルルに拒絶されることを恐怖する目だった。

そんなサブローにクルルは内心溜息を吐く。どんなことがあろうとも、クルルがサブローを突き放すことなどあり得ないのに、彼はいつまで経ってもそれを理解しない。ある意味、突き放してしまった過去はあるものの、それはそれ、今は今だ。


「落ち着いたかァ?」
「……う、ん。」


クルルの言葉に返答しているものの、まだ完全に落ち着きを取り戻してはいないのだろう。サブローは膝の上で手を握り、肩は緊張で力が入り過ぎている。クルルがサブローを落ち着かせるように背を撫でれば、サブローは少しだけ眉を寄せた。


「…痛むのか?」
「ううん、そうじゃ…なくて、」
「言っとくが、俺が汚れる云々の話はなしだからな。…そんなもん、気にする俺じゃねぇよ。」

「でもっ…!!」


サブローがクルルに反論しようとすれば、いつになく真剣なクルルの瞳に言葉を根こそぎ奪われる。サブローが目を合わせていられなくなり、視線を彷徨わせれば、クルルは穏やかさを滲ませる声で囁く。


「どんなお前でも、お前は俺のパートナーだ。今は話したくないってんなら、それでいい。無理だけはすんな。」


最後は真剣さを滲ませて、それでも優しさが溢れる声でサブローへと言葉をかける。クルルの言葉に、サブローは熱くなる目を隠すことができなかった。ぽろり、と一度涙が零れてしまえば、それはもう止めることなどできずに流れ出て行く。


「あ、あれ…?俺、なんでっ…泣いて、」
「泣けよ。…今、無理すんなって言ったばっかだろ。」

「っ…、うぁああ!」


クルルが言った瞬間、我慢していたものが切れたのか、サブローはクルルにしがみ付いて泣き出した。初めて見る、感情を剥き出しにしたサブローを。そんなサブローに愛しさこそ生まれ、他の負の感情など生まれるはずもなかった。

クルルはサブローが泣きやむまで、ずっと彼の身体を抱きしめていた。




サブローはクルルの胸でひとしきり泣いた後、くたりと意識を失ってしまった。クルルが痛々しさの残る身体をベッドに横たわらせ、そっと布団をかける。小さく寝息を立てるサブローは、よくよく見れば酷く疲労が滲んだ顔色をしていた。

そして、暴行されたと思われる身体に点々と存在している赤い痕。切り傷とは別の、鬱血の痕は、サブローの傷がどんな時にできたか推測するに十分過ぎる材料となった。

けれど、サブローを責める気も、嫌悪する気持ちもクルルにはない。サブローの異常なまでの怯え、それはこの行為が同意のものではないのだという何よりの証拠だった。


「ん、」
「サブロー?」

「…クルル、」


ぼんやりとした瞳をクルルへ向け、サブローは目を覚ました。気遣うようにクルルが額にかかっていた髪を払えば、サブローは少し擽ったそうに目を細める。

まだ距離があるとはいえ、普段の彼が戻りつつあることにクルルは安堵の息を零した。


「大丈夫か?今、水持ってきて…、」
「まって、」
「…サブロー?」

「お願い、俺の話…きいて。」


つ、とクルルの服の裾を握り、サブローは掠れる声で言った。正直、クルルはサブローに休んで欲しいという気持ちが強かったが、サブローの目に宿った決意と滲む恐怖を無視することはできずに、ベッドの端に腰を降ろす。

サブローの目線に合うようにし、自分の裾を掴んでいたサブローの手を握った。サブローは小さく息を吐き出し、クルルに向かってゆっくりと言葉を紡ぐ。

その内容は、クルルが予想していたものと寸分違わぬことだった。

サブローがクルルと出会う以前、ラジオのスタッフとそういう関係を持っていたことには少し驚きを隠せなかったが、クルルと出会う以前のサブローであれば、世間に面白みを見いだせず、そんな遊びに走ってしまったのだとしても、常識からすれば褒められたことではないが納得はできた。
そして、発端がサブローからではなく、スタッフからの誘いだったとすれば、まだ社会的な力も、身体的な力でさえも未熟なサブローが拒むことすらできなかったはずだ。

だが、クルルと出会ってからのサブローは違った。日常生活に光が見出せるようになり、クルルや仲間たちと触れ合うことで本当の笑顔が花咲くようになった。

そして、この状態から脱しようと勇気を出した結果が今のサブローの状態だった。


「ごめん、なさい…。」


小さな声でサブローが謝罪の言葉を紡ぐ。それにクルルは優しい微笑みでもって返した。何を謝ることがあるというのだろうか。こんなにも勇気を出して話してくれたサブローを、正しい道に戻ろうと奮闘したサブローを、どうして責めることができるというのだろう。

クルルに湧くのは、サブローに対する愛しさだけだ。クルルが汚れるからと接触を拒むサブローの、どこが汚いというのだ。こんなにも純粋で、優しいサブローはどこまでも綺麗だった。


「よく話してくれたな。」
「っ、」

「よく、頑張った。お前はスゲェよ。」


温かさを灯した瞳をサブローに向け、クルルは優しくサブローの頭を撫でる。サブローはまた瞳に涙を滲ませ、ぽろぽろと涙を零した。

そんなサブローを優しい目で見守るクルルにあるのは、サブローに対する愛しさと、サブローの勇気を踏みにじった輩に対する殺意だった。













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