短編(ブック)

□空の激浪
5ページ/20ページ








太陽の光が燦々と降り注ぐ空の下、今日も日向家では大きな音が響いていた。ケロロが巻き起こす騒動を夏美が成敗するというお決まりの日常。何の変哲もない、普通の日。

しかし、日向家の屋根でくつろいでいたドロロは何か物足りなさを感じていた。


(なんでござろう…。やけに心ががらんとしているでござる。)


ちらりと己の隣に目を向けてみるも、そこには誰の姿もない。しかし、誰かがそこにいるのが当たり前であったような空虚感があった。ドロロが首を傾げていると、一際大きな音が階下に響く。

また夏美の盛大な一発がケロロにお見舞いされたのだろう。なんとも平和な光景であるが、やはり物足りなさは否めない。


「にゃあ。」
「おや、猫殿。お主も避難してきたのでござるか?」
「にゃー。」


ドロロの言葉を肯定するように、白猫が鳴き声を上げる。ドロロは目元を和ませて、猫の頭を撫でた。すると、猫がちらりとドロロの隣に目を向ける。
そしてドロロの手をすり抜けて、彼の斜め横に腰を座り込んだ。まるで何かを待っているような猫に、ドロロは首を傾げる。


「猫殿?」
「にゃぁ?」


ドロロの問いかけに猫もまた不思議そうに鳴き声を上げた。“今日はやらないのか”そんな表情をしている。しかし、ドロロには何のことか全く分からなかった。


「いい加減にしなさーい!!!」


その時、夏美の大きな声が青天の下に響き渡る。ドコォ!!と大きな音が聞こえ、日向家の屋根が揺れた。猫がバランスを崩したのをドロロが受け止め、ひとまず日向家の庭に着地する。

ドロロが降り立った庭では、ギロロとタママが呆れた顔をしてボロボロになったケロロに溜息を吐いていた。


「全く、貴様は学習というものを知らんのか。」
「軍曹さぁん、大丈夫ですかぁ?」


ギロロが腕を組み、ケロロを見下ろしながら説教している横で、タママがしゃがみ込みながらケロロに声をかけていた。この様子では今日の侵略作戦はケロロの独断だったのだろう。ギロロはともかく、タママまでが呆れているとなると、そう判断して間違いない。

ドロロは猫を庭に下ろし、ギロロたちに近づいた。


「隊長殿、大丈夫でござるか?」
「げ、ゲロぉ…。もう無理、でありま、す…。」


ぱたり、とケロロの腕が床に落ちる。本来なら慌てる場面も、ここまで日常的になってしまうと慌てるよりも溜息が先に出てしまう。なんとも哀しいことである。

すると騒ぎを聞きつけてやってきた冬樹がケロロを抱き上げた。


「軍曹、大丈夫?姉ちゃん、何だかイライラしてるみたいだから気をつけてよ。」


冬樹がちらりと夏美がいる台所の方に視線を移しながら、小さな声で忠告する。その言葉に反応したのはギロロだ。ギロロは首を傾げながら、そういえば、と今日の夏美の様子を思い出した。


「確かに、最近の夏美は何故だが分からんが、少しざわついているようだな。」
「ギロロもそう思う?僕も何でか分からなくって、困っちゃうよ。」


はぁ、と冬樹が溜息をつけば、タママが思い出したように手を叩いた。


「そういえば、クルル先輩も最近イライラしてるみたいですよぉ?」
「クルル殿が?」
「元々陰険なのに、さらに陰険になっちゃったらどうするんですかねぇ。」


さらりと毒を吐きながら、タママは可愛らしい瞳を困惑で揺らしている。冬樹の腕の中で、ようやく復活してきたケロロが不思議そうに呟いた。


「クルルもでありますか?…最近多いでありますなぁ。」


ケロロが台所に目を向けると、そこには少し乱暴な手つきで食器を洗う夏美の姿がある。夏美がイライラすることは別段珍しいことではないのだが、ここ最近は毎日のように機嫌が悪いのだ。

何かあったのかと思い、探りを入れてみたものの、原因となるものは特定できなかった。調査の副産物として、今日の一撃を食らってしまったのだが、ケロロとしても何故イライラが募っているのかが気になる。


「本当、どうしたんだろうね…。」


ケロロを抱えながら言う冬樹の瞳にも、彼自身は気づいていないが、どことなく不安定な色が滲み出ている。しかし、その疑問に答えられる術はなく、ドロロもまた身に渦巻く空虚感に首を傾げるしかできなかった。

皆が首を傾げる中、猫だけが寂しそうに日向家の屋根を見つけていたのである。













次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ