短編(ブック)
□空の激浪
11ページ/20ページ
市街地の轟音が響き渡る。ドロロが暗殺術でドラゴンを食い止めるが、ドラゴンはそれ以上の力でもってドロロに対抗していた。
「くっ…!これでは街が…!」
「ドロロ!!」
「夏美殿!?」
パワードスーツを身に付けた夏美がドラゴンへ加勢射撃を放つ。圧縮された高気密のレーザー砲はドラゴンの猛攻を少しばかりであるが減退させた。その隙を見逃さず、夏美の後に続いてやってきたギロロが援護射撃を放つ。
ガガ!!と連撃の音が響き渡った。
「――!!!
ドラゴンが痛みに咆哮を上げる。空気を震わせるその声に、ドロロたちは表情を歪めた。
悲痛な声だ。痛みに苦しみ喘いでいる声。慈悲深いドロロの戦意を揺らがすには十分なものだったが、破壊された市街の現状が、ドロロの戦意喪失を防いでいる。
ギロロと夏美もまた、ドラゴンの悲痛な声に表情を歪めはしたものの、攻撃を止めることはすなわち街の破壊を意味するため、攻撃を止めることができなかった。
けれど、その思いは一匹の猫により覆されてしまう。
「にゃあ。」
破壊の轟音が響く市街地に聞こえた、柔らかい猫の声。聞き覚えのある声にドロロたちが目を向けると、そこには日向家にいつもやってくる白い猫がドラゴンのすぐ傍まで寄って来ていたのだ。
ドラゴンが尾を振り回せば、たちまち吹き飛んでしまう距離。あまりに近く、危険な場所にいる猫に、思わず夏美が声を上げた。
「猫ちゃん?!!」
「アイツ、なんでこんなところに…!!」
ギロロが身を翻して、猫を保護しようと彼女に近づいていく。しかし、それはドラゴンの尾によって遮られた。舞い上がった粉塵にドロロが猫の安否を気遣うが、ドロロは思いもよらぬ光景に言葉を失うことになる。
「にゃ、にゃあ。」
「――…、」
猫がドラゴンに擦り寄り、ドラゴンもまた困惑を交えてはいるが、猫に慈しむような瞳を向けていたのだ。まるで、彼らが旧知の間柄であるような、そんな光景。
その光景に助けに入ったギロロも、それを見ていた夏美も、モニタールームで場の状況を見守っていたケロロたちでさえも言葉を失う。ドラゴンは今まで暴れまわっていたのが嘘のように、猫を優しく包み込んでいた。
「な、に…?」
「どういうことでござる…?」
粉塵が舞い上がる中にあって、ドラゴンと猫は穏やかな空気を醸し出していた。呆然としたまま、ギロロがドラゴンと猫の傍による。
ドラゴンはギロロの出現に一瞬殺気立ったものの、猫が傍にいることで落ち着いているのだろう。ギロロに冷たい一瞥をするだけで、攻撃に転じようとはしなかった。
「おい、」
「にゃあ?」
「お前、そいつと知り合いなのか?」
ギロロの言葉に、今度は猫が目を丸くする。何を言っているのか、そんな表情だ。猫はドラゴンに擦り寄ると、今度はギロロの傍に寄る。
ギロロは猫の行動を不思議そうに見守っていたが、猫がギロロをドラゴンの元へと連れて行こうとしていることに気づいた。ドラゴンはギロロには冷たい双眸を向けたままだ。しかし、猫と一緒にいることで攻撃できないのだろう。彼も猫の行動を見守っていた。
そして、猫が渋るギロロをドラゴンの元へと連れてきて、攻撃によって傷ついた皮膚へと触れさせる。
「――っ!」
傷が痛むのか、ドラゴンは少しばかり身体を動かした。ドロロと夏美が駆け寄ろうとするが、それはギロロの視線によって遮られる。
「ギロロ殿?」
「…少し、待ってくれ。」
ドラゴンの皮膚に触れた瞬間、ギロロの心に温かな滴が落ちる。まるで求めていたものを手にした時のような充足感。そして、少しの嫉妬心と信頼の感情。それはギロロが久しく覚えていない感情だった。
ドラゴンの鱗に触れ、痛々しくも剥き出しになった皮膚を見上げる。そこでふと気付いた。ドラゴンの鱗と皮膚の間に埋め込まれるようにして存在していた、一本のペンがあったことに。
暴れまわった影響で、皮膚と同化していたペンが落ちかけている。ドラゴンがギロロの手を煩わしいとばかりに身をかがめると、落ちかけていたペンが皮膚から離れ、カツンと音を立てて瓦礫の上に落ちてきた。
「これ、は…。」
ペンに刻まれた“966”と“326”の数字。一つは、仲間であるクルルを示す数字だった。何故、これをドラゴンが持っているのだ。そして、もうひとつの数字。何の意味を示すのか分からないが、何故か懐かしいという感覚があった。
猫が落ちたペンを咥えて、ギロロへと走ってくる。ギロロが戸惑ったようにペンを手に取ると、柔らかい笑顔を浮かべた少年の姿が脳裏をよぎった。
「…サブロー、」
自然に口に出た名前。それは、ギロロに忘れていた記憶が戻った瞬間だった。