短編(ブック)

□短編2
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クルルはその台本を見せられた時、その監督に明確な殺意が湧いた。というか、そもそも人気絶頂のアイドルにヒロインとは言え、このような残虐非道な役をやらせるとはチャレンジャー精神にも程がある。その役を引き受けるサブ子もサブ子だ。嫌な役ならはっきりと断ればいいものを。


(…いや、あいつはこの手の役は…進んでやるだろうなァ…。)


はぁ、とクルルは深い溜息を吐く。彼が持った台本には「封神演義」と明記されていた。元ネタを知っている方にはお分かり頂けたと思うが、サブ子の役、それは古代中国王朝殷の最期の皇后、蘇妲己の役なのである。某少年誌で史上最悪のヒロインと言わしめた彼女がモデルのため、何と言うかサブ子の性格的に似ているのだ。蘇妲己に、サブ子の言動がそれはもう似ていた。

紂王さまぁ、とかいやーん、とか似ているのである。しつこいようだが、サブ子の言動に。


「クルルぅ、そろそろ台本返してー。」
「…何だよ、その喋り方。」
「えー普段と一緒じゃなぁい。それとも、もっとぶりっこした方がいいのん?」


100パーセント楽しんでいる。クルルは確信した。普段よりも甘ったるい話し方は決して嫌いではないのだが、妲己の役柄練習も兼ねていると知っている為、どうにも素直に言葉を受け取れないでいる。

しかも、今はクルルに向かって甘い言葉を向けられているが、ドラマが始まってしまえば、この甘い声も仕草も全て紂王役、そして太公望役の男優に向けられるのだからムカつく、なんてものじゃない。クルルとしては一刻も早くこのドラマが打ち切りになって欲しいばかりである。

欲しい、という願望が混じるのは、クルルがドラマを打ち切りにするようなことをすれば、それを熟知しているサブ子が烈火の如く怒り狂うので自粛しているのだ。怒ったサブ子は怖い。情けないが、クルルが怒らせたくない人物堂々のナンバーワンはサブ子なのである。


「ちょっとぉ、クルルったら黙り込んでどうしたのん?」
「……いい加減、普通の話し方に戻らねェかァ?」

「だってぇ、今の内に慣れて置かないと撮影の時に困るでしょぉ?」


くねくねと細い腰を揺らしながら首を傾げるサブ子にクルルの危機感がより一層増していく。これが、ドラマ撮影時にはもっと際どい衣装を着て、男に寄りかかり、愛を囁き、誘惑するのだ。


(ア゛ァアアアア!!!!)


クルルが心の中で絶叫する。世にも珍しいクルル曹長ご乱心である。所謂「orz」のポーズで打ちひしがれながら頭を抱えた。

その場面を原作で知っているだけに許しがたい。というか何故許可をした原作者(※当然原作者様とこのサイトは無関係です)サブ子はサブ子ですでにノリノリでポーズの練習をしている。そのポーズを見て、クルルはまたさらに固まった。

あのポーズは、もしや少年誌的にNGだからと原作で編集長にカットされ、幻となった…、


「あはん♡お色気三割増し〜!皆頑張ってぇ♡」
「頑張るどころか昇天するっつーの!つか、なんでそんなとこまで再現する必要があるんだァ!?」

「えぇ〜、それはぁ…わらわが楽しいから?」
「…っ、ぜってぇ電波妨害してやる…!他は駄目でも、せめてそのシーンだけは…!!」


ついには一人称まで役になりきってしまったサブ子のお色気三割増しポーズを記憶に焼きつけつつ、そのポーズを自分以外が目にして堪るかとばかりにクルルは闘志を燃やす。そんなクルルの決意を嘲笑うかのように、サブ子は傾世元禳に見立てた布を実体化し、妲己の衣装に似せた水着を着てポーズ練習をし始めていたのである。

もちろん、それに気づいたクルルが音速で録画したのは言うまでもない。





(後日、放送が始まった連続ドラマは史上最高の視聴率を誇ったそうな)















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