短編(ブック)

□短編2
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太陽が沈んだ公園で、サブローはベンチに座っていた。既に深夜に近い刻限のため、公園に人影はない。サブローは僅かな風によって音を立てる葉の音色に耳を傾けながら、そっと口を開いた。


「何の用?…今日は一人みたいだけど、また騒動を起こす気?」


サブローが淡々と紡いだ言葉は夜の公園に静かに響く。彼は真正面を見つめて、半ば睨みつけるような視線を向けた。視線の先には何もない、けれどサブローの視線は真っ直ぐに前を見据えていた。

そして、サブローの真正面で様々な光源が入り混じり、空間が歪んでいく。見覚えのあるその光景は、ケロロたちが外出時に用いるアンチバリアが解除される間際のものだ。
空間の歪みが収まり、はっきりとした輪郭が現れる。すると、そこにはギロロの兄であるガルルが佇んでいた。


「アンチバリアは故障していないはずなのだがね。」
「生憎、そういうものには敏感なんだ。で、一体何の用?」


サブローは言葉に幾分かの棘を潜ませて、ガルルに問いかける。その手には実体化ペンが握られていた。いつぞやのように、守るものは傍にいない。守るためではなく、相手を排除するための攻撃を、サブローはいつでも行えるように体勢を整えていた。

そんなサブローを見たガルルは内心で感嘆の息を零す。この少年の戦闘能力の高さはゾルルを通して知っていた。日向姉弟がいなければ、おそらくゾルルも無傷では済まなかっただろう。

戦闘訓練を受けていない少年が見せた、類まれな能力。ガルルは希望に目を細めて、サブローへと歩み寄った。


「…、」
「警戒はしなくていい。私は戦う為に来たのではない。」
「そんな言葉が信用できると思う?」


にべもなく返された言葉に、ガルルは致し方のないことかと苦笑を零した。先の騒動から大分時間が経過しているとは言え、彼はゾルルによって一度消された身だ。思えば、ガルル小隊が休暇で訪れた際にも、彼は姿を見せていなかった。ならば、ガルルに必要以上の警戒心を抱いてしまうのも頷ける。

だが、このままでは話が進まない。ガルルはサブローにとって最も効果がある人物の名を借りることにした。


「信用してもらう他はないのだが…。仮に、私が君に何かとしたとすれば、クルル曹長が黙っていないだろう。」
「…それは、」

「君は知らないだろうが、私たちが休暇でこちらに訪れた時にゾルルが酷く責められたようだからな。」


ガルルが穏やかな口調でいった言葉に、サブローは固くなっていた表情を崩し、目を丸くした。本当に知らなかったのだろう、敵意ではない目をガルルに向けてきた。


「ほ、本当に…?」
「ああ。帰り際のゾルルには思わず同情してしまったよ。」

「…あー…もう、クルルってば何やってるんだよ…。」


完全に脱力しているサブローにガルルは苦笑を零す。ゾルルを責めたのはクルルだけではないという事実には、口を噤んでおくことにしよう。これ以上は、ゾルルの名誉のためにも黙っておいた方が良さそうである。

ガルルが苦笑を留めてサブローへと視線を移せば、彼は既に戦闘態勢を解除していた。実体化ペンを握ってはいるものの、先ほどとは気配がまるで違う。ガルルの視線を受け止めたサブローも苦笑を零した。


「ごめんごめん。最近、厄介事が多いから気が立ってたよ。」
「いや、ケロロ小隊を介さず君に接触した私にも非がある。気にしなくていい。」
「…そういうところは、ギロロとそっくりだね。」


サブローが目を細めてガルルを見た。その目にガルルは先ほどまでの温度差に彼という人物の底深さを垣間見る。こんな子供が持つには不釣り合いなほどの感情の波は、本来軍人のように戦闘を生業としている者が持つべきものだった。

自分の心が潰されないようするための、自分を守るための術。この年でそれを習得しているサブローに、ガルルは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。


「で、オニイサンは俺に一体何の用があるの?」
「もう気づいているのではないか?」

「んー…、まぁ予想は付くけど…。俺には興味ない話なんだよね。」


頬づきをしたサブローは、ガルルに向かってゆっくりと微笑んだ。明らかな拒絶の姿勢に、ガルルはサブローへと一歩近づく。


「君さえ望めば、我々は協力を惜しまない。」
「それは君たちの利益の為でしょ。俺は現状に満足してるし、地球から離れるつもりはないよ。」

「クルル曹長と共に在れるとしてもか。」


ガルルの言葉にサブローは目を細めた。先ほどの温かい感情ではなく、氷のように冷たい視線。ガルルを見据えたサブローは、口元には笑みを浮かべて、感情のない声を紡いだ。


「クルルと共に?それこそ冗談じゃないよ。」
「何故?君たちはパートナーではなかったのか。」

「一緒にいるだけがパートナーってわけじゃない。俺がケロン軍に入った時点で、俺たちのパートナーの定義はなくなる。」


サブローはベンチから立ち上がり、呆然とするガルルの横へと並んだ。ガルルがサブローを見上げれば、彼もまたガルルを見下ろしている。地球の青に似た瞳は月光に揺らめいていた。


「クルルの心は暗い。俺なんかが入り込めないくらいに。でも、だからこそ俺たちはパートナーでいられるんだ。俺がクルルの闇を知らないから、クルルも俺に背中を預けてくれる。俺もクルルに余計な感情を抱かず、対等な立場でいられる。…それは、俺が軍っていう場所を知らないからできることなんだよ。」

「軍に入ることで、心の拠り所になるという考えではないのか。」

「ふふ、同じ環境を知ってるからって仲間を作るような性格じゃないよ。クルルも、それに俺もね。俺たちは、多分逆に離れていく。お互いがこれ以上依存しないように、対等が対等でなくなる前に、ね。」


立場を同じくしてしまえば、どう足掻いても繋がりを断ち切ることができないから。

そう言って、ゆっくりとガルルから離れていくサブローに、ガルルは小さく息を吐き出した。ああ、さすがあの子のパートナーだと。依存しているようでいて、すぐに関係を断ち切ることができる潔さも持っている。

薄情とも思われるものが、彼らの信頼の証なのだろう。

サブローの戦闘能力は正直惜しいが、それで優秀な者が共倒れしてしまっては元も子もない。ガルルは離れていくサブローの背を見ながら、心の中で謝罪の言葉を述べていた。


(申し訳ありません、総督。…私には、やはり無理だったようです。)


サブローの勧誘は、クルルと繋がりの深い総督からの頼みでもあったのだ。総督も、ある意味息子のように可愛がっているクルルのパートナーと聞いて、手元に置いておきたい気持ちがあったのだろう。

当人にばっさりと拒否を貰ってしまったが、これで諦めるとも思えない。


「サブロー君!」
「ん?」
「時間を取らせてしまってすまなかった。…気を付けて帰りなさい。」

「…本当にお兄さんなんだね。うん、ありがとう。またね。」


ガルルの気遣いに少し嬉しそうな笑みを浮かべて、サブローは公園を後にした。サブローが去った後で、ガルルはどうやって総督に説明しようかと何故か晴れやかな気持ちの頭で考えるのだった。

その後、休暇でやってきたガルルにサブローがやけに懐いていることに驚愕するクルルの姿があったとか。






(秘密の会話がもたらしたのは、)
















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