短編(ブック)

□短編2
10ページ/40ページ









降りしきる雨はサブローの頬を濡らし、衣替えしたばかりの新しい制服を濡らしていた。急に降り始めた強い雨にサブローはさして気分を害した様子もなく、実体化ペンで傘を
出すこともせずに歩いていく。

この場面をクルルに見られればまた説教を食らってしまうことは知っているが、まだ寒いと感じるほど外気は冷たくない。むしろ上機嫌になりながら、サブローは濡れそぼった髪を掻き上げて道を歩いていた。


「ん?」


ふとサブローは視線を感じて道端の方へと目を向ける。すると電柱の影からこちらを見つめてくる小さな猫と目が合った。元は茶色の毛だったのだろう、雨水を吸った猫の毛は少し濃い赤茶へと色を変えている。

警戒した様子でサブローを見つめてくる猫に、サブローは優しげな笑みを浮かべるとそっと警戒する猫を抱き上げた。


「にゃ?!」
「震えてるよ。このままじゃ風邪引いちゃうし、俺の家においでよ。」


にこりと猫に向かってサブローは微笑む。すると猫はその笑顔に絆されたのか、しおらしくサブローの腕の中に収まった。大人しくなった猫をサブローは少しでも寒くないようにと、自分の服の中へと包み込む。そして、猫はもちろん自分自身も風邪を引いてしまう前にと、足早に帰りの歩を進めていった。


マンションに着いたサブローは濡れてしまった上着を脱ぎ、二人分のタオルと引っ張り出して風呂へと向かう。猫は濡れていたものの、サブローの服の中で少しは冷えた身体が温まったのだろう。マンションに着く頃には少しまどろんでいるようだった。

その猫を起こしてしまうのは忍びないが、どうせ乾かすのなら綺麗にしてからの方が良い。サブローは猫をハンドタオルの上に寝かせてから、手早く自分の服を脱いだ。


「さてと、一緒に温まろうか。」
「にゃぁ…。」

「ふふ、お風呂の中で寝ちゃだめだよ?」


タオルで包んだ猫を抱き、サブローは浴室の中へと入っていく。少し熱く感じるシャワーを浴びた後、洗面器にそれよりも温いお湯を入れて、猫をゆっくりと浸からせた。

さすがに動物用のソープはなかったので、サブローがいつも使っている石鹸で猫の柔らかい毛を丁寧に洗っていく。優しいサブローの手つきに、始めは警戒心を抱いていた猫もすっかり上機嫌のようだった。


「にゃ、」
「気持ちいい?」

「にゃー!」

「それはよかった。さ、泡流すよー。」


上機嫌に鳴く猫に向かって、サブローが笑顔を浮かべながら弱めのシャワーを浴びせていく。すっかりサブローに心を開いた猫は、泡が流れるまでの間、気持ちよさげに目を閉じていた。

泡を流し終わり、猫は滴り落ちる水分を、身体を震わせて落としていく。


「わっ、元気良いなぁ。」
「にゃん!」


一通り身体を震わせた猫は満足げに笑い、サブローへと飛び付いた。それを受け止めたサブローは猫の頭を撫で、シャワーを浴びている間に用意していた浴槽へと足を入れる。猫は自分の身体の何十倍もある大きさの浴槽に怯えているのか、ぴったりとサブローに触れたままだ。

猫を安心させるように、サブローは猫をしっかりと抱き、浴槽へと身を沈める。お湯が揺れる音が響き、サブローは身体の芯から温まるのを感じてほっと息を吐き出した。


「はぁー、あったまるねー。」
「んにゃぁ。」


サブローと同じように、猫もシャワーとは違う心地よさを感じて表情を綻ばせる。穏やかな時間だった。しかし、その時間はドタドタと音を立ててやってきた来訪者により終わりを迎えてしまう。


「ん?」


浴室の外から聞こえてくる足音に気づき、サブローははて、と首を傾げた。黙って自宅に入り込む者に心当たりがないわけではない。むしろ、その人物しか思いつかないのだが、それにしては慌て過ぎているような気がする。

バタン!と音を立てて開いたドアに目を向けると、そこには息を切らせたクルルが必死の形相でサブローを見つめていた。


「…クルル?どうしたのさ、そんなに慌てて。」
「ハァ、ハァ…。お、お前さん…その猫、」


息を切らせたクルルが、サブローの腕に収まっている猫を指差す。この猫がどうかしたのだろうか。サブローは不思議そうな顔をして、クルルへと問いかけた。


「この猫ちゃんがどうかした?外で寒そうにしてたから、一緒に温まってたんだけど。」
「一緒っ…?!…っ、サブロー、その猫をこっちに渡せ。」

「は?何で?」

「何でもだ!つーか、アンタもいつまでソイツの腕ん中にいるつもりだっ!」


急に猫にキレ出したクルルに呆気に取られるも、クルルに怯える子猫をはいそうですかと差し出すことはできなかった。サブローは浴槽に浸かったままで、クルルへと少し低い声で言い放つ。


「そんな言い方ないじゃないか。やっと温まってきたのに、この子に風邪引かせる気?」


サブローの冷たい物言いに、クルルがぐ、と言葉に詰まる。正直に言えば、真実を言ってしまいたい。けれど、それを行うにはクルルの嫉妬心が邪魔をしていた。だが、その見栄もサブローが猫に行った行為により容易く破壊されることになる。


「君もまだ出たくないよねー。」
「んにゃ、」


ちゅ、と可愛らしい音が聞こえたと同時に、クルルの眼鏡に大きなヒビが入った。クルルの目の前には猫とバードキスをするサブローの姿。それを見たクルルは今まで、サブローの為も思って行わなかった行為に及ぶことを決めた。

ガチャン、と銃器独特の金属音が響き、はっとクルルへと振り向いたサブローが驚いたように目を丸くする。


「ちょっと、クルル?!」


自分たちに向かって、正確には猫に向かって銃を構えるクルルにサブローがお湯を大きく揺らして後ずさる。しかし、サブローが後ずさったのは狭い浴槽の中。クルルとの距離は縮まるばかりで開いてはくれなかった。

そして、クルルが猫に標準を合わせて銃を構える。眩い光が浴室に溢れた瞬間、サブローは自分の抱いていた猫の感触が無くなったことに気づいた。


「…っ、アレ?…猫ちゃん、は……え?」
「………う、ここは…?っサブロー?!!」


バシャン、と音を響かせて猫がいた場所でギロロが身体をばたつかせる。突然のことにサブローは猫、正確にはギロロを抱いていた手を離すことも忘れて呆然としてしまっている。

ギロロもギロロで、何故自分がここにいるのか分からないようで、サブローの身体に抱きかかえられているという事実と共に混乱してしまっていた。

そして、そんな二人に近づくゆらりとした影。ひんやりとしたオーラを纏ったクルルは、サブローの腕に居座ったままのギロロの頭を掴むと、どこにそんな力があるのかと問いただしたくなるような見事なフォームでギロロをクルル時空の中へと投げ飛ばした。


「ウワァアア!!!」
「?!ギロロ!」


突然のことに気を飛ばしていたサブローも、ギロロの悲鳴により現実に戻って来たらしい。慌ててギロロの安否を気遣うも、それはクルルの不機嫌そうな笑い声により終わりを告げる。


「クーックックック…。サブロー、ちゃんと温まったんだよなァ?」
「ク、クルル…。」


まずい。

サブローの頭の中で警報が鳴っていた。クルルは猫がギロロであると最初から知っていたのだろう。まぁ、暴発した銃がギロロに当たり、時間で元に戻るだろうと放っておいた矢先にサブローが拾って、この展開に至ったのだと理解はできた。

理解はできたが、今のクルルを占める感情は恐らく嫉妬。拾うだけならまだしも、一緒に風呂に入ったとなれば、いかに原因がクルルにあれど、サブローに嫉妬の矛先が向いてしまっても不思議ではない。


「クルル、落ち着いて。ね?」
「俺様は落ち着いてるぜェ?クーックックック!」


どこが。サブローはそう突っ込みを入れたかった。しかし、クルルの纏う雰囲気がことごとくサブローの反論を防いでいる。恐慌状態に陥っているサブローにクルルが近づいた。

いかにケロン体の姿とは言え、クルルの目が異様に鋭く、サブローは逃げ出すことができなかった。


「クル…ん!」
「俺以外にこんな格好晒したんだ。覚悟はできてるよなァ。サブロー?」


覚悟なんてできてない、と心の中で叫んだサブローの言葉はクルルに受け入れられることなく、そのままサブローはクルルの魔の手に落ちてしまった。


後日、クルル時空から帰還したギロロがクルルによって記憶を消去されたにも関わらず、やけにサブローに対して態度が軟化していたことに、クルルはしばらくの間、己の失態を嘆いていたのである。






(つぶらな瞳を信用してはいけません!)












次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ