短編(ブック)
□パラレルもの
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単刀直入に言って、クルルはサブローが好きだ。宇宙単位で見ても、サブロー程クルルと波長の合う者はいない。たとえ、サブローの本来の性が女性であっても、クルル自身も生物学的には女に分類されるのだとしても、クルルは恋愛感情でサブローが好きなのである。
クルルがサブローに面と向かって好きだと言ったことはない。それはサブローが本来の性をひた隠しにしていることにも関係している。クルルには同居人だったことに加えて、彼女と同じく生涯で初めて得た親友という関係もあり、サブローの秘密を知ることができた。
初めてサブローから秘密を聞かされ、また証拠を見せられた時の衝撃は未だかつてない程のものだった。むしろ、アレを上回る衝撃がこの世にあるのかとすら思ったほどだ。
気恥ずかしげに素肌を晒したサブローを、よく押し倒さなかったとあの日の自分を褒め称えたい。いや、真面目に。
「…ク、」
「あの、クルルさん…?お顔が恐ろしいことになっているでありますよ?」
不機嫌なオーラを醸し出すクルルに、ケロロが怯え気味になりながら提言する。クルルはそんな彼の発言も聞こえていないようで、ぎりぎりと歯、というよりも牙を噛み締めながら一点を凝視していた。
ケロロが恐る恐るクルルを同じ方向に目を向けると、そこにはギロロに焼き芋を貰うサブローの姿がある。冬の寒さの中でほんのり赤く染まった頬が可愛らしい。
(可愛いって、サブロー殿は男の子なのに…失礼でありますな。)
ケロロは自分の頭を過った考えを、プルプルと頭を振って追い払う。その感情が決して間違いではなかったのだと彼が知るのはずっと後のことである。そこでふと気付いた。小隊で紅一点のクルルが美しい顔を般若のように歪めている理由に。
「…クルル?もしかして、ギロロにヤキモチ焼いて…、」
「ア゛ァ゛?」
「っ何でもないであります!!」
ドスの効いた声がケロロを襲う。女性の声とはここまで低くなるのか、と変なことを知ってしまった。そう言えば、以前プルルに年齢について突っ込みを入れた時、クルルと同じようなドスの効いた声を見まわれたのだったと思い出す。
(じょ、女性とは恐ろしいものでありますっ…!)
そんなことは断じてないのだが、いかんせん、彼の周りにいる女性たちが強すぎた。この後、性別を暴露したサブローがケロロの唯一の癒しとなるのだが、それはまた別の話。
そして、クルルはと言えば、無防備に笑顔を晒すサブローが心配でならなかった。しかもその相手がギロロ。心配過ぎる。なにせ、ギロロは実直な好意に弱く、それが恋愛であれ親愛であれ、相手を好きになる可能性が多いに高かった。
(オッサンの前でそんな可愛い顔をすんじゃねェ…!!見ろ、オッサンの奴盛りのついたカエルみたいになってるじゃねぇか!)
※クルルの偏見です。そしてギロロを含め、クルルもカエルです。
悶々とクルルが悩んでいると、ギロロがサブローの頬に手を伸ばす。焼き芋を小さな口で頬ばった所為で口の端に身が付いてしまっていたのだ。
それをあろうことかギロロは、何の違和感も抱かせず、す、と己の手で焼き芋の身をサブローから掬い取った。その行動を理解したサブローを少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、ギロロはギロロで普段完璧なサブローが見せるドジに絆されたのか、和やかに笑っていた。
「…クク、クーックックック!」
「え、あ、…クルルそーちょー…?」
「タイチョー。今から小隊全員の俊敏性アップを兼ねた実地訓練開始すっぞ。」
「は?ちょ、待っ…ギィヤァアア!!?」
ぽちり、と音が響いた瞬間、ケロロが立っていた床が抜けた。心地よいとさえ思える断末魔を聞きながら、ケロロの叫びを聞いたサブローとギロロがクルルの方を向く。そして、クルルはサブローには何の含みもない輝かしいばかりの笑顔を向け、ギロロには怪しげに口角を引き上げながら殺気混じりの視線を投げかける。
「っ、」
「クク、これから実地訓練ですよ、センパイ。」
「そんな話は聞いとらんぞ…?」
クルルの笑顔にうすら寒いものを感じ取り、ギロロが若干引き気味になりながら呟いた。サブローも首を傾げている。
そんなサブローを早く抱きしめたいという邪な想いを押さえることもなく、クルルは無情にも強制連行のスイッチを押した。
「いいからとっとと行きやがれ!」
「なっ…ウワァアアア!!」
ぽち、と音が響いた瞬間、サブローとクルルの前からギロロが消える。ギロロとケロロが行きついた先では既に宇宙食虫植物のオードリーが頑張ってくれているだろう。育て主に似たのか、オードリーもそれはそれはサブローを溺愛していた。無論、食べようとしていなかったわけではないが、植物に先を越されて堪るかとクルルが牽制をかけていたのでサブローは無事である。
ともあれ、そんな感じでオードリーもフラストレーションが堪っていたので、その発散としては都合が良いだろう。クルルは邪魔者がいなくなったと上機嫌になりながら、きょとんとしているサブローに近づいた。
「クルル?いきなりはまずかったんじゃない?」
「クク、いいんだよ。あれくらいこなして貰わないと、な。」
「ふーん、ならいいけど。」
柔らかいサブローの身体を抱きしめて、クルルは彼女の首筋に顔を埋めた。甘い香りはサブローが女であることの証拠。特殊なベストで潰している胸が少々惜しいが、それをもっても余りある魅力がサブローには溢れている。
細い腰に手を回し、ふわふわの銀髪が頬に触れる。大きな青い瞳は見つめられるだけで、身体の中の熱が上がった。
「クルル、くすぐったいよ。」
「んー、もうちょい…。」
「しょうがいないなぁ。」
鈴のような声を響かせ、サブローはクルルのサラサラとした金髪を撫でる。その手つきが優しく、クルルはまたサブローに溺れていく。
この女の身体を疎ましいと思ったことは多々あれど、こうしてサブローに何の気兼ねもなく触れることができる現状には感謝していた。むしろ、男になどサブローを渡してたまるか、とクルルは少しどころかかなり危険な思考を抱きながら、サブローをさらに強く抱きしめたのである。
(サブローを手に入れたいなら、俺を倒してからにしな)