短編(ブック)
□世界を愛して
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ケロロたちがボトルから漂う血の匂いに顔を顰めていると、男は躊躇することなく、そのボトルを煽った。男が血を嚥下する音が響き、タママなどは気持ち悪そうに目を逸らす。
ケロロたちも男の行動の意味が分からず、その行為を見ていたが、次に起こった変化に言葉を失った。
「っ…!!」
傷ついた男の身体が急速に再生していったのだ。そればかりでなく、元々大きかった男の身体は筋肉が発達し、より強靭な肉体へと変化していく。一瞬で起こるには急激すぎる変化に、ケロロたちは息を呑んだ。
ほんの数十秒で、男の身体の傷は跡形もなく消え去り、その身体は以前よりも強靭さを増していた。
「ど、どういうことでありますか…!」
「チッ、バケモンが…。」
クルルが吐き捨てれば、男は愉快そうに笑みを浮かべる。空になったボトルを捨て、ケロロたちを威圧するように佇んだ。
「バケモノ、か。それを私に言う意味が分かっているのか?」
「何だと?」
「言っただろう。私がこの星に来たのは侵略の為ではないと。」
男は先ほどまでの劣勢をなかったもののように、ケロロたちの前に立つ。その顔には明確な優越感が浮かんでいた。ギロロが業を煮やしたかのように、男に向かって銃器を構える。そして銃弾がケロロの真上を通過し、男の身体を貫いた。
「ギロロ?!」
「ドロロ、ケロロとクルルをアイツから引き離せ!」
「承知!」
ギロロの言葉に、ドロロが一瞬にしてケロロとクルルを男から引き離す。同時にギロロが銃撃を開始した。容赦ない連射が放たれ、ギロロに加勢するようにタママがタママインパクトを放つ。
再び轟音が響き渡り始めた市街で、クルルは男に言われた意味を考えていた。
(アイツをバケモノっていう意味だと…?そんなもん、…いや、まさか…。)
ギロロたちと攻防を繰り広げる男を見て、クルルは一つの考えに至った。しかし、それはクルルが考えた可能性の中では最も低く、また最も的中して欲しくはない可能性だった。
攻防を繰り広げる中で、男はクルルの視線に気づいたのだろう。一瞬だけクルルに目を向けると、その口角を引き上げた。まるで、クルルの考えが合っているのだとでも言うように。クルルがその視線にうろたえる。クルルの考えた可能性が合っているのだとすれば、それはあの男を己の一存で消すことはできないことを意味していた。
「飛剣・封縛!」
ドロロが男に向かって四本のクナイを同時に投げつける。それは男の強靭な皮膚を裂き、動きを鈍らせる。その隙を付いて、ギロロが飛行ユニットを展開させ、上空から男に向かって射撃する。男の逃げ道を塞ぐように、タママが侵略マシンを使って男の足元に地震を起こした。
「ぐぁっ…!!」
「これで終わりでござる!零次元斬!!」
「グァアアア!!」
ドロロの渾身の一撃が男を襲う。男は血を流しながら、地面に膝を付いた。ギロロはその様子を上空から見ながら、慎重に地上に降り立つ。確かに手傷を負わせはしたが、あのような異常現象を見た後だ。何が起こるか分からない。
ドロロもタママも同じ考えなのだろう。男と距離を取り、その動きを注意深く見守っている。ケロロとクルルもまた、男の様子を窺っていた。もっとも、クルルは自分の予想が当たっていて欲しくないという思いもあり、その視線には幾ばくかの困惑が込められている。
男は膝を付きながらも、倒れることはしなかった。そして、血を流しながらも再び立ちあがってくる。その口元には確かな笑みが浮かんでいた。
「くくくっ…。久しぶりだな、こんな快感は。」
「まだ立ち上がるのか…!」
「あぁ、本当に気分が良い。大事に使おうと思っていたが、もうそんな気分ではなくなった。」
「なにをっ…?!」
男の言葉にドロロが短く声を上げる。すると、男の上空にあの巨大な宇宙船が近づいてきた。思わずそちらに目を向けると、その光の中心から何かが降下してくるのが分かった。ふいに男が風を使って浮かび上がり、宇宙船から降下してきた何かを受け取る。
その“何か”にいち早く気づいたクルルが、驚愕を露わにした声で叫んだ。
「サブロー!!!」
男がその腕に抱えている“何か”。
それは紛れもなく、連れ去られたサブローだったのだ。