短編(ブック)

□世界を愛して
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薄暗いラボの中で、クルルは不機嫌そうに息を吐き出した。サブローに連絡をしても返事がないことを不審に思い、居場所を探ってみれば彼の反応は西澤タワーの上にあった。あの場所をサブローが好んでいることは知っているが、何も一日中いることはないだろう。

実体化ペンの反応がないということは、またあのタワーの上から街中の景色を描いているか、もしくは眠ってしまっているかのどちらかだ。クルルは大きく息を吐いて、自分のフライングソーサーを引っ張り出す。眠っているのなら、無理矢理にでも起こして連れて帰ってこなくては風邪を引いてしまう。

自分でも苦笑が零れるほど過保護なことは自覚しているが、サブローのことに関してだけは自業自得だと目を逸らすことができないのだ。


(チッ、俺様にここまでさせるなんざ、お前さんだけだぜェ…サブロー。)


サブローに言えば間違いなく反論が飛んでくることを心の中で呟いて、クルルは西澤タワーへと向かっていく。徐々に近くなるタワーの頂上部。しかし、クルルは首を傾げた。

サブローの姿が見えないのだ。実体化ペンの反応は確かに西澤タワーの上にあるのに、それを持っているはずのサブローの姿がない。

クルルは嫌な予感がして、フライングソーサーのスピードを上げた。そして、到着した西澤タワーの頂上部で、クルルは言葉を失うことになる。


「な、なんだよ…これはっ…!」


いつもサブローが座っている場所に彼の姿はない。そこにあったのは、赤黒い固まりに埋もれた実体化ペンだけだった。クルルが実体化ペンを取ろうと手をかけるが、凝固した赤黒い物体が実体化ペンを離さない。

無理矢理力を込めて実体化ペンをもぎ取ると、クルルは手に馴染んだペンと、その赤黒い物体の正体に息を呑んだ。


「…この、血…。まさか、サブローの…?」


血液特有の鉄の匂いがクルルの鼻をついた。無意識のうちに否定していたものも、確信に変わってしまう。この床に広がる赤黒いものが、血液であると認識してしまった。クルルは実体化ペンを握り締め、急いでコンピューターを立ち上げる。

実体化ペンの反応に頼っていた所為で、サブロー自身の確認を怠ったことをクルルは悔いた。衛星を使い、ありとあらゆるネットワークを駆使し、サブローの居場所を探す。次々に展開されていく画面を一瞬でも見逃さぬように、クルルは画面を睨みつけていた。

けれど、いくら探してもサブローの姿はおろか情報すらもヒットしない。普通の地球人であれば、少しネットを潜るだけで情報がヒットするというのに、サブローの情報だけはどこにも見つけることができなかったのだ。いつものクルルであれば、その事実に何よりも疑問を抱くはずなのに、今クルルの心を占めるのは苛立ちと焦燥だった。


「クソ!!なんで何も出てこねぇんだ!」


早くサブローを見つけなければ、取り返しのつかないことになってしまう。それはもはや確信だった。この血溜まりが全てサブローの血液だとすれば、彼は大量の血を一気に失ったことになる。

ケロン人と地球人とでは体内構造が全く異なっているが、その生命を危機に晒す事象に大して違いはないだろう。もし、サブローが息絶えていれば、クルルはその原因を作った相手を殺してしまう。そして、クルル自身もサブローの後を追うことを自覚していた。


「どこにいやがる、サブロー…!!」


ダン!と拳を床に叩きつけてクルルは表情を歪めた。不機嫌なクルルを諫めてくれるサブローの姿は、今はない。ゆっくりと肩を叩いて、苦笑を零してくれるサブローが酷く恋しかった。

すると、突如クルルの頭上に光が差す。太陽の光ではなく、人工的な光にクルルは何事かと空に目を向けた。そこには、かつてガルル小隊が地球に襲来した時のように巨大な宇宙船が飛来していたのだ。


「なんだ、ありゃ…。」


ケロン軍ではない。その宇宙船に刻まれている文字は、ケロン軍で使用されている文字とは全く違っていた。周辺諸星の言語ですらない。

そして、宇宙船から圧縮されたレーザー砲が放たれると同時に、クルルの持っていた通信機が音を立てた。
















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