短編(ブック)

□短編
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紙の上にペンを走らせ、丘からの景色を描いていく。僅かに頬を撫でる風は優しく、草花の匂いが鼻腔を擽った。思わず緩みそうになる口元を隠そうともせず、サブローは静かに絵を描いていった。

そして、その様子を後ろで静かに見守る影。サブローはその存在に気づきながらも、声をかけることはない。見守っている影もまた、無言で彼の傍にあった。

風の音と、紙上を走るペンの音だけが響く。やがて、ペンの音が止むとサブローは零れる笑みを隠そうともせず、ずっと後ろにいた相棒へと声をかけた。


「退屈じゃなかった?」
「クックー、そうでもねぇぜ。お前のへたくそな絵は見てて面白いからなぁ。」


くく、と短い笑い声を零してクルルはサブローの肩の上に乗った。クルルの行動にサブローは苦笑を零すも、絵の評価に関して苦言を呈することはない。クルルの言葉が本心からのものでないと分かっているからだ。

クルルの言葉は、表現と逆の意味として捉えるのが正解なのである。つまり、クルルはサブローの絵を褒めているのだ。クルルがサブローの肩に乗って、覗きこんだ絵は優しい色を纏った町の姿。細かい表現はされていないが、適度にぼかされた線が優しさを際立たせている。


「今度は何を描こうか。」
「お前は何を描きてぇんだ?」
「んー、やっぱり好きなものを描きたいよね。」


描き終わった絵をしまい、サブローは真っ白な紙を取り出した。くるくるとペンを回す様子は、新しい遊びを見つけた子供のように生き生きとしている。

クルルとの遊びの時にも似たような顔をするのだが、それとはまた違った表情だった。


(楽しそうな面しやがって…。)


サブローの楽しそうな表情に、クルルは少しだけ心がざわついた。絵にサブローを取られてしまったかのような、そんな小さな不満。けれど、それを表に出すのは子供の癇癪のようで憚られた。

無言でいるクルルにサブローはちらりと視線を映す。そして、相棒の心象の変化に気づいいたのか、頭をクルルに傾けるように動かした。突然のことにクルルは不思議そうにサブローを見るも、彼は微笑んだままペンを走らせている。

そして、出来上がった絵をクルルに差しだして、満面の笑みでこう言った。


「はい、俺の好きなもの。」


そこにあったのは、丸く黄色い身体をしたクルルの姿。
惜しげもなく差しだされた絵と笑顔に、クルルは柄にもなく固まってしまった。











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