短編(ブック)

□短編
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ふとした瞬間、心はまるで砂のように崩れていく。それを崩壊だと気づく間もなく、無意識のうちに心はそれまでの形を失ってしまうのだ。自覚した時には、もう前の心を思い出すことすらできはしない。

クルルと出会う前の心を、サブローはとうに忘れてしまっていた。


(現金だなぁ…、俺って。)


クルルの後ろ姿を見つめながら、サブローは薄暗いラボの中で苦笑を零す。クルルさえいればいい、なんて狂気じみた感情ではないが、それに近しい感情が芽生えていることを自覚していたのだ。

クルルと出会う以前、クルルの存在を知らなかった過去など思い出すこともない。

サブローにとって、クルルのいる今が本当で、クルルのいない過去は嘘のものだった。パラパラと零れていく心の砂は、サブローの奥底に積み上げられて、そして再び崩れていく。崩壊と再生を繰り返し、サブローはよりクルルへと依存していった。


「クルル。」
「あァ?」

「大好きだよ。」


サブローがクルルに近づき、その小さな身体を後ろから抱きしめる。トクトクと心臓の音が響いた。クルルは突然の出来事に一瞬目を丸くしたが、すぐに独特の笑い声を上げる。


「クーックックック!そりゃあ光栄だなァ。」


キーボードを叩いていた手を止めて、サブローの顔を見上げる。柔らかい微笑みを浮かべたサブローは、クルルの額に唇を落とした。

温かい感触が触れ、クルルもまた笑みを浮かべる。サブローの愛情が心地よかった。依存を依存と思わないまま、サブローはクルルに心を委ねていた。クルルもまた、サブローへの感情を偽ることなく、彼に愛情を向けている。

互いにそれまでの心を壊し、共にいることで成立する心を作り出していた。


「クルルは?」
「分かってんじゃねーの?」

「分かってるけど、ちゃんとクルルの口から聞きたいんだよ。」


クルルの答えを求めて、サブローは彼の正面へと居直る。サブローは床に膝を付き、クルルの身体へと顔を埋めた。クルルはそんなサブローの頭を撫でながら、耳元に顔を柄付ける。


「…愛してるぜェ。」


陳腐な言葉だと批判していた単語は、唯一への愛情を伝える手段になってしまった。だが、不思議と嫌悪感はない。陳腐な言葉さえ、甘美な睦言へと変化させた相手への愛が募るだけだ。

クルルの囁きに、サブローは嬉しそうに目を細めて、クルルの唇へ自分のソレを合わせた。




(古い砂城は崩れ落ち、新たな砂城で二人は暮らす)









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