長編「サッカー少年と優しい殺し屋」のBADエンディング風味




「かぜまる」
ひゅうっと奥から渇いた喉を叱咤して声を出したのに、実際は聞こえるか聞こえないか、自分で聞き取るだけで精一杯の音量になってしまった。

「え、んどう…」

それでもこの静まり返った空間では数メートル先にいる風丸に容易に届き、いつものような気の強く兄貴風吹かす声ではなく泣きそうに震えた弱々しい声で、ゆっくりと俺に振り返った。カラン、と軽い音をたてて風丸の右手を離れた薄く細長い形状の金属。

それは今風丸の足元に倒れて痙攣している男がついさっき俺に向けていたもので、見間違いなんかじゃない、夢なんかじゃない。今目の前にいる風丸が確かに奪い斬りつけた。

「風丸、怪我ないか…?」
「……」
「なあ、その人って…」

一歩俺が踏み出して近づくと、風丸は後ろに下がろうとする。もう一度「風丸」と声をかけると、その場に膝から崩れ落ちるように座り込んでしまった。

「風丸」
「円堂、今のことは忘れろ」
」なんで!今から病院に連絡したら、きっと大丈夫だよ!」

座り込んだまま顔を両手で覆っている風丸にたまらず駆け寄ると、「来るな!」と一喝された。風丸の怒鳴り声は、今まで聞い
たことはあるけどどれも自分に向けられたことがなかったから、初めて聞いた今、そこまで大きな叫び声でないのに、ただ一言発せられただけでその場に足が縫い付けられるほどの迫力だった。

「見るな!寄るな!忘れろ!頼む、頼むから…こっちに来ないでくれ」
「風丸、風丸は俺を守ろうとしただけなんだろ?」
「違う!そんなんじゃない…これが仕事なんだよ。俺の仕事なんだ!」
「なんだよそれ…そんなの嘘だろ?」

顔を一向に上げない風丸。俺も一緒にしゃがみこんで手を指を伸ばせるだけ伸ばしてみたら、顔を覆う手に届く。なのに俺の体はまだ動かずに目の前でうずくまる風丸と、その背後でもう動かない男を交互に見るだけでいっぱいいっぱいだった。

手を伸ばせず、ただ上げ下げしていたらやっと顔を上げた風丸。


「ごめんな円堂…もう一緒にはいられないよ」

ふらっと立ち上がり、俺の横をすり抜けていく風丸。
慌てて名を呼び、待ってくれと言うとぴたっと止まってくれた。

「一緒にいられないってどういうことだよ!今のことを忘れて欲しいなら、俺…忘れるから…」

だから行かないでくれ、という大切な部分が口から放たれる前に俺の顔の前に、風丸の白い掌が突き出され徐々に近づき、俺
の頭を撫でようとした。

今まで俺が怪我したら、心配して包帯を上手に巻いてくれた、上手な料理を振る舞ってくれた、俺に肩を叩いて喝を入れてくれた、右手が。
仕事だと言っていた、ならば今までも同じようなことをしていたのだろうか。じゃあ包帯を巻いてくれたのも料理を作ったのも肩に触れた手も…

考えたくもないことが芋づる式に出てきて、優しい風丸を頼りにしてた風丸を思い出そうとすればするほど、さっきの光景が浮かび上がってくる。無表情で相手の首を躊躇いもなく切り裂いた風丸の姿が。

パシン!

小気味良い音が響き、僅かに感じる左手のヒリヒリとした痛みにハッとして見ると、風丸が右手を押さえていて俺が風丸の手を払ったらしい。

「あ、風丸…ごめん」

払ったまま上がっている左手を伸ばしてみるも、するっと逃げるように避ける風丸。

「…円堂、そういうことなんだよ」

顔も向けずにポツリと呟き、足早に去って行く風丸。
部屋に残ったのは俺と風丸に殺された男だけ。

その状況に気づいた俺は、途端に気持ち悪くなりその部屋を全速力で出て行った。























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