頂きもの

□嫁
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それは合宿中の朝、食堂での出来事だった。
「あの、すんませんした」
腰から45度。
見本にしたいくらい完璧なお辞儀と、言葉で謝意を示されて。
しかしその対象である風丸は、まったくない心当たりに首を傾げる。
「飛鷹?」
日本代表に選抜されたチームメイト。
周りに馴染もうとせず、キャプテンの円堂にさえ礼は尽くすものの素っ気なかった、そんな彼が。

話し掛けて来たというだけでも、何があったのかと思うのに。
(何でオレ謝られてんだろ…?)
ついでに敬語だ。
なんかあったっけ、と記憶を掘り返してみる。
…と、いうか、飛鷹とは接触したこと自体があまりなく…
ひとつだけ思い当たるのは、食堂で話し掛けた時、例えば染岡だったらキレただろう返事をもらったことくらいだが。
あれは自分の余計なお節介だったのだから風丸は別に気にしていない。
「」
取り敢えず顔を上げさせようと、風丸が口を開くよりも――
「キャプテンの嫁さんとはいざ知らず、いつかは失礼な口を」
「はあ!?」
お辞儀をしたままの、飛鷹の爆弾発言の方が早かった。
『嫁』
「ちょ、ちょっと待て飛鷹!」
いいから顔を上げろ!と強制的に上げさせられた視線の真ん前。

ルビーのような紅の瞳にどきりとした。

初めて間近で見た彼の顔は、今までマトモに見ていなかったのが勿体ないくらい綺麗で。
が。
「嫁ってなんだ!」
その瞳を彩る光は、敢えて喜怒哀楽のどれかに分類するとしたら、
怒り、になる。
「え、キャプテンがそう言って」
「えんどおぉぉっっ!!」
勢いよく背後で談笑している円堂に向き直る、外見に反してなんとも男らしい立ち居振る舞いを、ぼうっと眺めて。
細い肩だな、とか思ってみた。
「風丸はオレの嫁だろ!間違ってねーぞ!」
「大間違いだ」
げし、と円堂にツッコミ(+蹴り)を入れた豪炎寺が、風丸の肩を引き寄せる。
「俺の嫁が正解だろ」
「豪炎寺!」
水色の髪が揺れ、自分より背の高い豪炎寺を見上げる風丸の表情は、残念ながら飛鷹からは見えない。

そして。
「戯言を」
ぺし、とその手を払いのけ、風丸の腕を引いたのは鬼道だった。
「うわ」
視界を遮るように鬼道が豪炎寺と風丸の間に割り込んだ瞬間――ばちばちばち、と火花が散る。

ふたりがお互いに集中したその隙をつき、
「なあ風丸」
鬼道の背後に庇われた風丸におんぶおばけのように覆いかぶさって、引き剥がしたのは不動。
「不動!」
「もらったぜ」

ニヤリと笑った不動が、さわさわとセクハラを始める…

「んっ、ちょっと不動っ…どこ触っ…」
「アストロブレイク!」
ばこん、と何かがへこんだような音を立てて不動が吹っ飛んだ。
「まったく油断も隙もあったもんじゃないね」
「緑川…」
「大丈夫風丸?害虫は退治したから」
「誰が害虫だコラてめえっ!」
「しぶとっ…お前以外に誰がいるんだよっ!」

ぎゃいぎゃい言い合う(仲悪そうだ)緑川の横で、吹雪が可愛らしく首を傾げ、
「みんなケンカしてるなら、風丸くんは僕がお嫁にもらっていいよね?」
「「「却下!!!」」」
喧々囂々としていた面子の見事なハモり具合に、微笑みながらぴきっと怒りマークが浮かぶ…。
そこに。
「え、なに?風丸くんをお嫁にもらおう大会?僕も参加する!」

いっそ見事なまでに空気を読まない、KY発言をかましたのはヒロトである。
「変な大会作るなそして参加するなっ!」
全力でツッコミを入れ、ぜーぜー肩で息をしている風丸の頭を、大変だな…と土方が撫で、
「違うの?じゃなんの話?」
「風丸が誰の嫁かって話」
「へー。なあ風丸、俺の嫁に来いよ」

ヒロト…ではない。
にっかり笑って風丸の肩を抱いたのは、横で話を聞いていたらしい綱海だった。

「綱海まで!」
風丸が目を吊り上げる。
「オレは女じゃな」
「まあいーじゃねえか、海の広さに比べりゃ」
「小さくないからな!」
ぷんっ、となんとも可愛らしい効果音付きでむくれてしまった彼は、くるりと踵を返し――。
「風丸?どうし――」
「ご飯!おかわり!たくましくなってやる…!」
「え!?」
「悪かったな女顔でっ…!」
「わああ待て待て!」
「嫁にってそーいう意味じゃないよ風丸くん!」
勘違い(嫁=女扱い=女顔をからかわれてる)から発生した空恐ろしい決意を止めようと殺到した面々の説得が。
白米が豪快に山盛りにされた頃に、ようやく効を奏したのを遠目に眺めながら。
「…つーわけで女扱い禁止な、風丸怒るから」
真っ先に阻止に走った(そして最初に沈められた)言い出しっぺの言に、もちろん異論があるわけもなく。
そもそものきっかけとなった質問――風丸?オレの嫁!と即答されたわけだが――をした、元不良の少年は、
「…うす」
この合宿に参加してから初めて――いや今まで殆ど縁のなかった――「素直」という新境地を開拓した。





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