その他

□春待人。
2ページ/2ページ

そして手持ち無沙汰にまきを手に取ると小刀で削り始めた。力を入れて押していくだけでただの樹の棒が形を変えてゆく。手になじんだ小刀はまるで手の一部のように思ったとおりに動く。
はじめに心に浮かんだ形を少しずつ木に刻んでゆく。
ふと右の膝にぬくもりを感じた。
なにかと見てみると、そこにはアマテラスが自分の膝の上に頭を乗せて木が削られていく様子を見ていた。
自然とオキクルミの頬が緩んだ。しかし面をかぶっていた所為で誰にも、本人さえもそのことに気がつかなかった。

数刻の後手の中で生まれたのは雄雄しいイノシシの像だった。
それは今日一日中追いかけ続け苦労して狩ってきたイノシシそのものであった。いくら傷つきつかれようともあきらめることなく、智と力で生を示してくれた彼のことを忘れることはできなかった。
だから自然とその姿が心に浮かんだ。
イノシシの像を下に置くと次のまきを手に取った。そしてまた心の赴くままに削りだしてゆく。
たまった木屑は火に投じてゆく。

かたんとまきが火の中で崩れ小さな音を立てた。その音でオキクルミはわれに返った。
火は大分小さくなっており、あれからかなりの時間がたっていることがわかった。いつの間にかアマテラスは膝の上に頭を乗せたまま寝ていた。
オキクルミは小刀を下に置くと、あいた右手でアマテラスの頭をなでた。
すると耳の後ろにまだ雪の欠片がついているのを見つけた。
「ん?こんな処にもついていたのか」
雪だと思っていたそれは花びらだということに気がついた。薄桃色の花びらからは少し甘い香りがした。
それはこの北の地においても春になれば咲く強い花、桃のものだった。南の都の方ではもうすでに満開だと聞く。きっとそこからついてきたのだろう。
花びらをつまむと、左手に持ったままだった木像に目をやった。手の中には美しい狼が一匹いた。
そうそれはアマテラスの像だった。
アマテラスが戦っているときの姿を始めてみたときから心は奪われていた。今膝で呑気に眠っているアマテラスも戦う時になれば、まるで誰も踏みしめたことのない氷雪のように美しかった。
いくら攻撃を受けようともひるむことなく、次々と妖怪を葬ってゆく。その姿はまさに神の非情さそのものだった。だから人々は恐れ―――そして惹かれる。

オキクルミはその木像にそっと口付けると、ほんの少しのためらいを見せた後花びらと一緒に火の中へ投じた。
細かく彫られた毛並みに朱の紋様が生まれる。
そう、相手は神なのだ。神にその気持ちを望んではいけない。こんな想いは火の中へ消し隠してしまえばいい。
オキクルミは燃えてゆくアマテラスを眺めながら、空いた左手でアマテラスの頭をなでた。
それでもこの気持ちがあったことは確かだから、心の隙間を埋めるかのようにただなで続けた。
明日からはちゃんと隠すから、ただ今だけでも・・・
そんな二人を照らす火は静かに燃え続け、外では雪に混じって薄桃色の花が振り続けていた。
冬はもう終わろうとしていた。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ