京極

□君に恋したある春の日
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あるときは自宅に―
「又市殿、一緒に出かけませんか?」
あるときは御行中に―
「又市殿、奇遇でござるな。これから一杯どうですか?」
あるときは仕事中(札売り)に―
「又市殿、一枚くださらんか」
あるときは遊郭の中で―
あるときは昼寝中に―
あるときは―

「又市、あのお侍さま又いるよ」
又市は何度目かわからないため息をついた。
「いい加減あきらめて付き合ってやったらどうだい?」
「そうすりゃちょっとは大人しくなるだろうによう」
又市はなにを言うこともなく、シャランと錫杖を鳴らすと歩く早さを少しあげた。

「又市さん、右近さんがかわいそうですよ。少しぐらい相手をしてあげたらどうですか」
「!?・・・先生は一体どこから沸いて出たんですか」
又市は薄気味悪そうに百介のことを見た。
百介は又市の怪訝そうな視線もなんのそのいつものように気楽そうな笑みを浮かべている。
「なに言っているのですか。見てわかりません?」
わかりません。
「愛の力ですよ」
百介はそういうとくるりと一回転した。

「何!?百介殿も又市殿のことが好きなのですか!」
今の問答の間に追いついた右近が言った。
「安心してください。私が好きなのはおぎんさんです」
百介は先ほどまでは確かに持っていなかった包みをおぎんに渡した。
「はい、生駒屋の新作菓子です」
「生駒屋は確か蝋燭問屋では?」
「それがですねそこの若隠居が趣味で菓子作りを始めたら、それが流行りに流行って今では行列ができるようにもなったんですよ。それでおぎんさんにぜひ食べていただきたくて持ってきました」

おぎんはその若隠居から受け取った包みを開けた。
中からはとても芳醇なイチゴの香りがあふれ出した。
「先生、こんな菓子見たことがありませんけど、なんという菓子なんですか?」
おぎんの持つ箱の中を覗きながら、長耳が言った。
「ああ、それは春ということでイチゴを使った物をということで、どんなのにしようかなと考えていたら、とても親切な茶屋の主人がいましてその菓子の作り方を教えていただきました。それは“イチゴチョコレートパフェ”です。イチゴとチョコレートがうまく絡み合うことにより甘さの二重奏曲を奏で、さらには中に散りばめられたチョコレートクッキーが独特の感触を生み出した、春の協奏曲というべきお菓子です。さらにいいますとギヤマンが中の・・・」
「先生もういいです」
ミスター・味っ子の世界に入る前に又市が止めた。いや最近では焼きたてジャパンか。

「そうですか、もっと説明したかったのに・・・まあ人数分ありますし、さっそく試食のほどといきましょうか」
各自の手に“イチゴチョコレートパフェ”なるものが渡った。
「あ、おいしい・・・」
「うむ、うめぇな」
「なかなか冷たくてそこがまたいいな」
「はぁ、又市殿といっしょに食べられるなんて・・・拙者は幸せでござる」
「そういえば、右近さんはま・・・」
「先生!」
又市が百介の言おうとしたことを遮った。野生の勘だろうか。

「教えてくれた親切な茶屋とはどこにあるんですか?いろんな甘味処を制覇してきましたが“ぱふぇ”はいままで食べたことがなんですけど、どこにいけばその本場にいけるんですか?」
又市は一気に喋った。
「・・・それがその主人は決して又市さんたちには教えるなって言うのですよ。どうしてだって訊いたら『つまらなくなるから』だそうです」
・・・あいつか。一味の頭の中にどす黒い笑みを浮かべた男の姿が過ぎった。
3人はおもわず無言になった。
そしてそのままもくもくとパフェを食べ続けた。

「お母さん、あの人たち・・・」
「しっ、見ちゃいけません」
男が4人もそろってピンクの菓子を食べている姿は確かに奇妙だった。おぎんがいたのが唯一の救いだった。
そんなこんなで春のとある日は過ぎていった。
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