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□お年玉
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冬半ばにおいてもなお賑やかな蜀の城内にその夫婦の家はありました。
大きく開かれた門や上品でありながらもどこか心が落ち着く建物はその夫婦の人柄を表すようでした。
確かに蜀軍の中での確かな地位や名声を抱きながらも、人当たりもよく口調も丁寧、使用人にも優しいと多くの人々に尊敬されていた。

しかし、その家を訪れるものはほとんどいない。

いるのは揉め事や悩み事を持ち込む街の人であったり、一部の軍属の者たちだけだった。前者はなかなか遠慮してよほど困らない限り訪れることはなかったし、後者の者たちも怖いもの知らずか脳内に花が咲き乱れているようなものだけだった。

軍属の者たちは新入りが入るたびに、口をすっぱくして言い聞かせた。
「あそこは魔物が住む家だ。なにがあっても絶対に近付くな」
しかし、そんなことを言われれば余計に興味を持って近付くというもの、そして彼らは数日後に先輩の言葉を深く胸に刻みつけ、来年の新兵に例の忠告を言うのであった。


そんな人々から尊敬と恐怖の両方を思われている夫婦の名は

諸葛亮と月英

と言った。



元旦、初日の出が昇る。
いつもと同じ太陽のはずなのにどこか神々しい気持ちがするのは不思議だ。
そんな朝日を諸葛亮は月英と一緒に屋根の上から見ていた。
「孔明様、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。月英、今年もよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそお願いいたしますね」
そんな彼らの家へと近付いてくる影が1つ。
「おや、あれは姜維ですね」
夫婦はおそらくお年玉狙いの姜維を迎えるために屋根から飛び降りた。

その後も夫婦は次々と訪れる年賀の客の相手をした。
正月といった厳かな日なら多分大丈夫だろうと踏んだのだろう。
もちろん諸葛亮たちにそんな気遣いは無用であった。むしろ一年の計は元旦にあるとばかりにさんざん悪戯を仕掛けたのであった。
しかし、それはまさしく悪戯の一言で片付いてしまうほどの軽い悪戯であった。人々は拍子抜けしながらも、まあ正月だしと納得しながら帰っていった。


ただその中になぜか馬超と魏の使者の姿だけが無かった。
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