その他

□春待人。
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暗く長いトンネルを通り、彼女は異国からやってくる。
雪よりも白く輝かしいその姿は、まるで空のように気まぐれだ。
長くいたかと思うと、急にこなくなる。
自分のことを自分勝手だと自負しているオキクルミからみてもかなり自分勝手だ。
それでもオキクルミはただ待つのであった。
・・・春を届けに来る人を


  春待人。


夕刻。陽が西の山にすっかり隠れ、辺りは青い闇に包まれた。
本当ならばもう少し早く帰宅するつもりだったが、おっていたイノシシに意外とてこずり、こんなにも遅くなってしまった。
だが肩に担いだ重さが自然と足を軽くする。
しばらくは少しばかり贅沢が出来そうだ。

ようやく見えてきた自宅からは中の光が漏れて明るい。
ふとオキクルミの頭に疑問が生まれる。
(なぜ光が漏れている?出掛けに火は絞ったし、戸はちゃんと閉めてあったのに)
村から大分離れたここでは不要な光は妖怪を呼ぶだけだ。だから今日もいつものように念入りに準備をしてから出掛けたはずなのだが・・・
(まさか、ケムラムが?)
オキクルミは一旦大きく息を吐くと、呼吸を整え気配を闇に薄める。
そして紫色の闇の欠片とかしたオキクルミはゆっくりと自宅へと近づいていった。
玄関口にそっと音を立てないようにしてイノシシを置くと、クネトシリカを抜き一気に家の中へと入っていった。
「わうっ!」
刀を振りかざす暇も与えずに飛び掛ってきた白い物体はオキクルミを押し倒し、その顔面を一心不乱になめ始めた。
「・・・・お前か」
オキクルミは自分の上に乗っている相手―アマテラス―をどかすと立ち上がった。今日は珍しくイッスンは一緒じゃないようだ。
アマテラスはどかされた後も物足りなさそうに体を足にこすり付けてきた。オキクルミは足元に気をつけながら玄関口に置いたままだったイノシシを回収に向かった。
「これは保存用にするから食べてはいかんぞ」
興味津々と言った様子でイノシシの匂いをかぎ始めたアマテラスをどけると、オキクルミは保存用にするべく血抜きの準備を始めた。

血抜きの準備が終わり、刀や弓の手入れも済み遅い夕食の準備を始めようとして、ふとオキクルミはアマテラスのことを思い出した。
「おい、夕飯は食べていくのか・・・・アマテラス?」
しかし雪のように白い体は家の何処にも姿がなかった。
「もう帰ったのか」
その言葉はいつもの彼からは考えられないほど寂しげな響きを秘めていた。
オキクルミは簡単に干し魚を入れただけのかゆで腹を満たすと、囲炉裏の前に座り込んだ。
脇に詰まれたまきを火にくべると、焔は踊りながらそれを飲み込んだ。
ちろりちろりと目の前で踊り狂う火をオキクルミは赤い瞳で黙って見つめ続けた。
安らぎを与えてくれるはずのぬくもりを前にしても、なぜかオキクルミの心は冷えていくだけだった。
もう一本まきをくべようかと伸ばした手に冷たい風が吹きかかる。
「ケムラムか!?」
クネトシリカを一気に抜くと、入り口に突きつける。
「く〜ん?」
刃先には首をかしげる雪まみれのアマテラスがいた。なぜクネトシリカを突きつけられているのかよくわかっていない様子で、くんくんと刀の匂いをかぎだした。
「こらこら、あぶないぞ」
あわてて刀をしまうとオキクルミはアマテラスの下へと歩み寄った。
「まったくこんな雪まみれになるまで何をしていたんだ」
「わん」
体中についている雪を大まかに払い落とすと、まだ残っている雪をアマテラス自身に体を震わせて落とさせた。
「ほら、火に当たれ」
寒いのは嫌いなのかアマテラスはおとなしく囲炉裏の近くに座ると、じっと火を見つめ始めた。
オキクルミは戸をしっかり閉めるとその隣に座った。
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