京極

□君に恋したある春の日
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「又市殿、貴公のことが・・・拙者は好きでござる!!」
「「「「はい?」」」」

そう言われたのは春のこと。又市一味の3人組+αが馴染みの茶屋で甘味を堪能しているときだった。
そこに唐突に現れた東雲右近という男が一人。
腰に大小の脇差。服は落ち着いた藍。そして手に桜。
桜はどこから採ってきたのか、長さは一尺ほどの枝で8分咲き。そして枝は千切りとられたのか切り口がギザギザだった。

その枝を又市に差し出して、右近は冒頭の言葉を言ったのだった。
もちろん一同は固まった。
さて、この男は何を言っているのだろうか・・・
固まっている一同の前には顔を真っ赤にしたガタイのいい男。確かこの男には妻と子がいたはずだが・・・

「えっと、つまり右近さんは又市さんのことが好きなんですね」
いち早く復活したのは百介だった。

「はい。初めて又市殿にお会いしてから今まで又市殿のことが忘れられませんでした。それでたまたまここで見かけて、今しか機会はないと思いつい・・・」
「珍しいくらい直球な男だね」
あきれるように言ったのは又市一味の紅一点、おぎんだ。
「あはははは。又市にも春が来たわけか、めでてぇなあ」
豪快に笑い飛ばしたのは長耳だ。
そして肝心の又市はと言うと、まだ饅頭を握り締め固まっていた。

「おやおや、さすがの小股潜りもまだ復活しないね」
おぎんが又市の頭をつっつく。
「そうですか。直接返事が訊きたかったのですが、今日は忙しいのでこれにてさらばでござる」
そう言って右近は固まったままの又市の手に、桜を渡すと走り去っていった。
「よかったですね又市さん。きれいな桜ですよ」
よくねえよ。又市は心のなかでつぶやいた。
だが、これはまだ又市にとっての受難のまだまだ序盤だった。
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