京極

□押入れタイムトラベル
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春麗、花の香りが香る窓から穏やかな太陽が、障子紙を通してうらうらと畳を照らす。
どこかからか小鳥のさえずりも聞こえる。
そう、春なのだ。草木は萌え、動物たちは暖かい太陽に感謝する。
そんな季節・・・しかし、関口宅主人の関口巽は今日も鬱だ。

なぜか唐突に再発してしまった鬱病は、今までたまっていた鬱憤か?かなり重く、しかも失語症までついてきている。
「まったく変なおまけまでついてきて・・・本当に君はダメな男だな」
そう言ったのは関口の友人の京極堂の愛称で親しまれる、中善寺秋彦だ。
そう言われたのは、秋の紅葉が終わったばかりだった。

秋のある日、唐突に一人で紅葉を見に行きたいと言い出し、関口夫人の雪絵のこさえたお弁当を片手に、秋晴れの日に近所のお寺に出かけたのだった。

もちろんそれまでに紆余湾曲があり、一人で山まで行こうとしていたのを、どうにかしてお寺にまでしたのだった。
「山に行くというのなら、京極堂さん達に付いていってもらいますから」
と雪絵が言うと大人しく近所のお寺にしたのだった。

普段はとても頑固で、こうしたいと言ったらなかなか考えを変えないのに、その時はすぐに変えてしまった。
それほどまでに、一人で出かけたいようだった。
雪絵は夫の決意がわかり、心配性の友人たちには内緒で、お弁当をこしらえてあげたのだ。

そして雪絵が見送る中、関口はとぼとぼと歩いていったのだ。手に提げた緑色のお弁当包みを雪絵は良く覚えている。

帰ってきたとき、関口は鬱病になっていた。
肩をしょんぼりと落としどこか薄汚れていて、顔色も悪く、髪と服には数枚のよく紅葉した葉がついていた。お弁当包みは手に持っていなかった。
雪絵が何があったか訊くと、床を見つめたまま雪絵のほうを向き、何かを言おうと口を開いたが、2・3度ぱくぱくと口を開閉したが、結局何も言わなかった。
そして風が吹いたら吹き飛ばされてしまうような、そんな動きでゆっくりと奥の部屋へ向かった。

何があったのか心配な雪絵はその後について、何度も問いを繰り返したが、答えは返ってこなかった。
家に居るときはいつも大体そこにいる、和室の押入れを開けると、なんと止める間もなく中に入ってしまった。
そしてゆっくりと扉を閉めた。
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