京極

□節分と鬼
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「鬼は外ー、福は内ー」
どこかで豆を撒いているのか、子どもの声が聞こえる。
そうか今日は節分なのかと、関口は布団の中でぼんやりと思った。
外ではもう日は高くなっており、もはや布団の中にいる時刻ではなかったが、それでも関口はまだ布団の中でその暖かなぬくもりを感じていた。
しかし、いい加減に起きようかと布団から手を出した。
とたんに如月の風が手から体温を奪った。
関口は寒さに負けそうになったが、ふるえながら布団の中からゆっくりと抜け出した。

食堂に行くと、妻の雪江がメザシの頭に柊の枝をさしていた。
「何をしているんだ?」
問いかけると雪江は少し驚いたような顔をしてこちらを向いた。
「あら、もう起きたのですか、ご飯はどうします?」
メザシを置くと、雪江は机に手をついて立ち上がった。
「もうすぐ昼にするつもりなので、そんなにお腹が減っていないのなら少し待ってから一緒に食べましょう」
「ん、わかった」
そういい、雪江の向かい側の椅子に座った。
特に何をする予定も無く、目の前にあったメザシを見つめる。渇ききった瞳がこちらを睨み返してくるようで、少しばかりの対抗心が芽生える。
椅子に座った関口と机の上のメザシは互いにしばらくにらみ合った。
負けたのは関口の方だった。
関口はもはや死んでいる物であっても、このように小さなものであってもにらまれるのは苦手であった。
そんな小さな攻防戦を気が付かなかった雪江は勝者のメザシを手に取ると、その眼に柊の枝を刺して皿の上に載せた。
皿の上には3匹ほどのメザシが仲良く眼を刺された状態で並んでいた。
窓の外からまた子供が鬼を追う声が聞えてきた。
こんなに寒いのに元気なものだ。
そんなことをぼんやりと思いながら、窓の外を見ているといつのまにか雪江が目の前に立っていた。
「豆まきでもやってみます?豆は買ってありますよ」
「・・・じゃあ、やってみるかな」
メザシの横においてあったいり豆の袋を取ると、のっそりとした動きで立ち上がった。
どこか物臭そうな様子で家の奥へと向かうと、そこから少しずつ豆を撒き始めた。
「福はうち・・・福はうち・・・・」
床板にはじかれた豆が乾いた音を立てながらころころと転がる。
「巽さん、ちゃんと鬼を追い出してくださいな」
「鬼だって追い出すのはかわいそうじゃないか」
そう言うと、またぱらぱらと豆をまきだした。
雪江はそんな関口の姿を一瞥すると、昼食の支度に取り掛かるのであった。



その夜、寝入った関口は奇妙な夢を見た。
一人の赤鬼が現れ、自分に語りかけてくるのだ。
「あなたは我等鬼を追い出さないでいてくれた。今年は病気の子もいて、追い出されたら正直大変だった。だからこれは小さな物だがお礼だ」
そう言ってその鬼は自分の角を折ると、関口に差し出してきた。
その角を受け取ったところで夢は覚めた。



布団のなかで目覚めた関口は変な夢を見たのだと思い、布団から顔を出した。
冷たい空気が頭から眠気を奪い取っていく。
ふと、右手に違和感を感じた。
そっと開いてみるとそこにはオレンジ色の石が握られていた。
少し尖ったかのような形のその石は夢の中で受け取った鬼の角に似ていた。
「まさか、本当に?」
などと口では言ってみるが、実際にそんなことがあるはずもないと頭のなかでは考えている。
(おそらく寝ているうちにその辺にあった石でも拾ったんだろう)
関口は石を握ったまま仰向けに転がった。
石は体温ですっかり温まっており、オレンジ色に光っていた。
その石が朝日に照らされて余りにも綺麗に見えたから、関口は夢のかけらを守るかのようにぎゅっと石を抱きしめてもう一度寝入った。

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