三国・戦国

□犬の散歩
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小太郎伝
小太郎と家康のほのぼの話


犬の散歩


眼下に広がる城下町では明るい声があふれ、初夏の風がさわやかに吹き通っていた。
天守閣の欄干に座りながら、小太郎はそんな光景を見降ろしていた。
その顔はすっかり退屈に飽きている様子であった。
今はさらなる混沌を起こすために下準備をしているところで、下手に動くわけにはいかなかった。ゆえに一言でいえば暇、であった。
近くの村に攻め込むことさえもできず、小太郎はただただ退屈していた。
こんなことであれば、はじめから手当たり次第に集落を襲い、小さな混沌で満足していたほうがマシだったかもしれない。
小太郎は本日何度目になるかもわからない溜息を吐いた。
「小太郎さま」
「なんだ・・・家康か」
後ろから掛けられた声に小太郎は振り返ることもせずに返答する。
「我は今、退屈なのだ。これ以上つまらぬことを言うと、汝であれ、闇に帰すぞ」
「はあ、退屈ならば、城下に行ってみませんか?」
「城下にだと?幾人か捕まえて嬲り殺しにするのも飽きた」
つまらぬことを言うなとばかりに手を振って、小太郎は欄干から屋根に降りる。
家康はそんな小太郎のそばに近づく。
「今、城下では市が開かれていて、きっと面白いと思いますよ」
「ふん、市だと?」
欄干から見降ろしている家康を見上げながら小太郎が問う。
「ええ、月に一度の大市ですので、賑やかく退屈も少しは晴れると思いますよ」
小太郎は少し考え込むと、一跳ねで部屋の中に戻る。
「ふむ、一度位は行ってみるとするか」
「では、民に小太郎さまとバレて騒動を起こさぬために、お着換えくださいませ」
「我がか?」
「ええ、今無意味な騒ぎを起こしては、順調に進めている次の進軍に差し支えますゆえ」
「まあ、それも面白いかもしれぬ。では早急にそのように準備せよ」
小太郎は部屋を出て行こうとして、いったん止まると、家康の方を見た。
「そうだな、目立つのはよくないから、お付きは家康一人でよい・・・・くくっ」
口元に笑みを浮かべると、小太郎は喉の奥で笑いながら部屋を出て行った。


その一刻ほどのち、質素な格好に身をつつんだ小太郎と家康は仲良く並んで城下町を歩いていた。
「おい、家康、あれはなんだ?」
小太郎はふらふらと露店を次々と覗いては、家康に質問を投げかける。
「はい、これは今川焼というお菓子ですね。食べてみますか?」
「面白そうだな」
「では、これを1つお願いします」
「いや、2つだ」
小太郎は家康が代金を払っているうちに今川焼を店主から受け取る。
そして家康に一つを渡す。
「うぬも食すがいい」
「これはこれはありがとうございます」
そして2人は熱々のそれを食べながら歩き始める。
「なかなかうまいな」
「そうですな」
「よし、これから我の食事はこれにしよう」
「それでは体によくありませぬ。しかと野菜と魚も食べなければなりません」
小太郎は今川焼を口に含みながら、そっぽを向く。
「家康は少し口うるさいと思うぞ」
「ははっ、それが性分ですので」
家康はそう言って小太郎の口元についた餡を取ってやる。
「甘いものがお好きなれば、あちらに寒天もございますよ」
「うぬはこのような場所に詳しいのか?」
その問いに家康は少し恥ずかしそうに髪を掻く。
「子供のころからこっそりと屋敷を抜け出して、遊びにきておりました。このことは内緒でお願いいたしますよ」
「そうか、では半蔵にしかと話しておこう」
そう言って小太郎はにやりと笑った。
「もう、勘弁してくだされ」
「お、家康、犬がおるぞ。汝の仲間だ」
小太郎の指さす先には少し薄汚れた白い犬がいた。
「本当ですね。このへんの家の飼い犬でしょうか?」
まだ食べ残っていた今川焼を差し出すと、しっぽを振りながら犬は近づいてきた。
小太郎はそんな犬の頭やら背中やらを撫ぜまわす。
「小太郎さまは犬がお好きなのですか?」
「ふむ、好きとか嫌いとかはわからぬな。ただ忍犬なぞといつも身近にいたな。今はでかい犬が3頭ほどまわりにいるしな」
食べ終わると犬は薄情にもしっぽを一度振っただけで、雑踏のなかに消えていった。
「では今度は忠勝や半蔵も誘って市に行くか」
「それは彼らも喜びましょうぞ」
「たまには犬を散歩に連れていかねばなな・・・くくっ」
「さて、次は寒天にしますか?それとももう昼にしますか?」
そして2人は会話を交わしながら雑踏の中に消えていった。
人々の往来の激しい通りにはただ初夏の風が涼を生み出していた。
屋台にかかっていた気の早い風鈴がちりんと鳴った。

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