リクエスト

□一杯飲まされ
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オレの名は角都。

職業、バーテンダー。

酒場は駅の裏から10分ほど歩いたところにある。

周りの店もほとんどが夜に営業している店ばかりだ。

オレの店は地下にあり、階段を下りて扉を開けて入るとL字型のカウンター席と、テーブル席が8席ある。

その店の上は、1人で住むには十分な広さのオレの部屋がある。

夜は営業、朝は部屋で寝て、昼に買い出しやら夜までのヒマ潰しをしている。

これがオレにとっての気楽な生活だ。

このまま一生この店でやっていくのも悪くないと思っている。


営業開始の札を店の扉にかけ、カウンターでグラスを拭いているとさっそく客が入ってきた。

最初に女性客が2人、次に男性が1人、また女性客が1人。

どちらかと言えば女性の方が多く入店している。

閉店時間が間近になってくると、たまに誘惑してくる女性もいるが、昔と違って言葉巧みにうまくかわしてきた。

あとで面倒が起きないようにだ。


この仕事をしていると世の中の色んな情報が客同士の会話から耳に入ってくる。


「ねえ、このモデル知ってる?」

「知ってる。最近、雑誌によく出てるわね」


カクテルを入れながら、何気なくオレは4番テーブル席の方に目を向けた。

そこには2人の女性客が一冊の雑誌の表紙を見ている。

男性のファッション雑誌だが、使ってモデルがいいのか、最近では女性の間でも人気で購入数も多い。


「あたし、このモデルのファンなんだけど、最近事務所の社長のモメたらしくて、辞めるかもしれないって噂なの」

「えーっ、このコ、絶対将来売れると思ってたのにー」

「なによ、あなたもファンなの?」


残念そうな声と笑い声。

20を過ぎても1人のモデルにそこまで盛り上がれる若さが羨ましい。


「これも噂で聞いたんだけど…」


急に雑誌を見せていた女性が声を潜めた。


「この店に出入りしているところ、あたしの友達が目撃したらしいのよ」

「ヒダンが? それはないでしょー」


確かに、人気モデルが来るような有名な酒場ではない。

顔の知っている奴かと思い、オレは女性が持っている雑誌を見た。


そして、硬直した。





フラッシュバック!!





「マスター! こぼれてるこぼれてる!(汗)」


いつの間にかカクテルをグラスに注いだまま手が止まっていたようだ。


オレは目の前の客に謝り、新しい酒を出そうとした。

手元が震えている。

まだ動揺しているようだ。


せっかくオレと店の紹介で話を終了しようとしていたのに。


先程の雑誌の表紙を思い出してその場で頭を抱えそうになる。

今後流行りそうな服で格好を決めている、あの男の顔を。


(あいつ、モデルだったのか(汗))


人気モデルにオレは手を出してしまったことになる。


とにかく、面倒事にならなければそれでいい。

相手は男だ。

責任をとって嫁に迎えろと言われるわけでもない。


閉店時間も迫り、客がひとりまたひとりと出て行く。


「またお越しくださいませ」


最後の男性客も店を出て行った。

オレもそろそろ片付けるかと思った時だ。


最後の男性客とすれ違うように別の客が入ってきて、オレの目の前のカウンターに座った。


「まだやってる?」

「!!」


塩をまいておけばよかった。


そう後悔しながらも、オレは「あと30分ある」と答えた。





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