拍手用ブック

□東京都青少年健全育成条例に反対して・番外
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『風の賢者』ことセーブル警備隊員セティは、夜の酒場で人を待っていた。
趣味で描いている漫画を見たという者から、オファーがあったのだ。
今度の即売会で私が出版する小説の挿絵をお願いしたい、と。

相手は謎のストーリーテラー『セリス・ド・ボンジュール』。
正直、嘘か騙りかと思った。
彼もしくは彼女は、セティの趣味の世界では名の知れた人物であり、重鎮というか長老の風格さえあった。
そのくせ、誰もその正体を知らない。

彼もしくは彼女のジャンルとセティのそれとは、微妙にズレている。
しかし、傍から見ればどちらも同じ『ヲタク』だろう。

そんな思考からセティは、自分が描いているような日記漫画風のものばかりでなく、
青年向けから堅い軍記モノ、女の子の夢『ヤ○イ』に至るまで、出来る限り目を通すようにしていた。

私は日記漫画であなたはカイオロ小説、でもまぁ所詮は同じ世界の仲間なんだしオッケーオッケー。
あなたの主張は完全には理解できないけど、あなたのソレはソレでアリでしょう、というのが、セティのスタンスだ。

乱読していた『同人本』の中でも、『セリス・ド・ボンジュール』作のものは、群を抜いていた。
価格を抑える為なのか、装丁などは素人臭さが漂っているが、内容は実に充実している。
見た目ばかりのこけおどしが多い同人本の中、彼もしくは彼女の本は、ひときわ異彩を放っていた。

こう言っては何だが、セティは本業の方も多忙だ。
警備隊の任務はおろそかに出来ないし、今度の即売会には新刊を出したい。
1日が36時間あっても足りないような突貫工事の最中だ。そこに、挿絵のオファー。

常識的には、今回はすみませんが、と断るべきところだが、相手が『セリス・ド・ボンジュール』であれば、話は別だ。
そういうわけでセティは、人待ち顔で夜の酒場にいる。



目印は赤いバラ。何とまぁベタな、と、セティは苦笑し、水割りを飲んだ。
それらしい人物はいない。まだ約束の時間には大分ある。
ラフトフリートの若い衆がどんちゃん騒ぎの飲み比べをするのを横目に、時を待つ。

約束の時刻が過ぎた。
やはりかつがれていたか、と、セティは肩をすくめる。
でもまぁ、せっかく来たんだし、水割り一杯分だけは待つか、と、再びグラスを傾ける。

そこに、軍師ルクレティアがひっそりと入って来た。王子軍お抱えの切れ者軍師が、夜の酒場に何の用だろう。
セティは興味深く、酒場を見回す軍師を見守った。人間観察は最早、趣味を通り越した特技の域だ。

ルクレティアの、青とも緑ともつかない不思議な色の目と、セティの翠の目が合った。
まさか、という思いが、セティを支配する。
ルクレティアは少女のように目をきらめかせ、真っすぐこちらにやってきた。

「『風の賢者』さんですね?」

そして、セティが胸のポケットに挿していた目印の赤いバラを手に取り、言った。

「はじめまして…っていうのもおかしいでしょうか。『セリス・ド・ボンジュール』です。
 この度は、お世話になります」
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