もし焼き討ち後のカラヤに現れたのがクリス(&ボルス)だったら

□鎮魂の歌と祈りと
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「そういうわけですから、わたくしとしても貴女をお連れせずして戻れません。ご一緒していただけますね?」

何じゃこの強制連行、と、ユーリは毒づき、

「でも、易々と部外者を招き入れてしまっていいの? 内輪の話があるのではなくて?」

「……」

「また、いくさが始まるのでしょう?」

サロメは鋭くユーリを見た。言い当てられて驚いた、というのが正直なところだ。
サロメは、クリスが夕食後どんな話をするのか知っていた。大空洞襲撃、リザードクランへの報復戦。評議会からの勅命を、クリスはこの後伝える予定だ。

「貴女は……スパイか何かなのですか?」

腹芸で生きているサロメにしては直球勝負。暗がりでよく見えないとは言え警戒心は声にもにじんでいたはずだ。
にも関わらずユーリは頓着せずに、

「当てずっぽうを言っただけ。カラヤの村のあの惨劇の痕と、クリス様のご様子を拝見すれば、うっすらとはわかるわ」

「クリス様の?」

「からくり師の女の子に頼まれたとかいうネジ。普通なら、ごめん今日は見つからなかった、で済ませるところよ。
 でも、あなたの言う『筋を通すお方』のクリス様はそうはしなかった。今日中にカタをつけてしまいたいと躍起になって…明日はないと知っているひとの行動ね」

「……」


サロメの脳裏に、かつて読み込んだ書物の数々が浮かぶ。
『ザクソン卿夫人』は、非常に洞察力に優れた人だった。ことに、人を見る目と直感に長けた人物だったという。
後に『ファレナの盾』と呼ばれ、未だ破られぬ女王騎士在任最年長記録を誇るガレオンを見出したのも彼女だった。

『ファム・フラム』は炎と水と、アンバランスな紋章を同時に宿し、巧みに使いこなす魔女だった。
紋章を戦いの道具と誰が決めたと言い切り、突飛な使用法を思いつき実行するその胆力。

『お魚天国』とやらを教えた『群島諸国のお姫様』。
『出向』と言っていい程の規模で群島諸国がファレナに関与したのは数十年も前、スカルド・イーガンの末姫の事案が最後のはずだ。
伝説の料理人レツオウがファレナにいたのは30年ではきかない過去のこと。その彼の『直伝』レシピとは――。



「あなた方の団長殿は、とても律儀な方ね。どんな小さな約束も反故にしない」

柔らかな少女の声が響く。目の前にいるのは、夜の闇に溶けて消えてしまいそうな小さな娘。
『ジェノサイド・エンジェル』は強く苛烈な人だ。こんなにも儚げで、頼りなげな少女であるはずが――。
サロメは空想を打ち切り、言った。

「そして、お優しい方でもあります」

「そうね」

サロメに同意するユーリの声もまた、優しく柔らかい。

「私のことなんて気づかないフリして放置でもよかったのに、助けてくれた。
 ビュッデヒュッケ城のこと教えてくれて…それだけでも充分だったのに」

「困っている人を見過ごせない方なのですよ」

「犬猫拾ってきたりとか?」

「その後、引き取り手を探すわたくしの身にもなっていただきたいものです」

サロメは大真面目に言い切った。ユーリが微かに笑う気配。

「お食事会、私が行っても邪魔にならない?」

「正直なところ、貴女渾身の作ファレナの魚料理の数々の食し方がわからず困惑しています。ご教授いただければありがたい」

鹿爪らしく言ったサロメがおかしかったのか、ユーリが笑った。今度は、声を上げて。

「そうですか、そういうことなら喜んで」

招待を受けたユーリは、すっと手を差し出した。
訳がわからずきょとんとするサロメに彼女はいたずらっぽく笑ってのたまう。

「エスコートしては下さらないの、ゼクセンの騎士殿?」

「お戯れを」

サロメは少女の茶目っ気を斬って捨てた。
彼女が差し出したのは、手袋無しの左手だった。


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