もし焼き討ち後のカラヤに現れたのがクリス(&ボルス)だったら

□鎮魂の歌と祈りと
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ある種理不尽な『命令』を受けたサロメはサロンを出、自ら手配した宿にまず足を向けた。しかしユーリはいなかった。
宿屋の女将は、あの子は商店街を見てくると言って出て行きましたよ、と言う。

「こんな時間だしもう店なんか閉まってるよ、って言ったんですけどね」

そういう口実で宿代を踏み倒すグラスランドの客が多いのだ、と、女将は訴えた。
もっとも今回の場合は宿代も含めての『手配』であるから女将の心配は見当違いなのだが。
見張りの兵に尋ねると、それらしき少女を見かけたと言う。どことなく思い詰めた雰囲気だったので念の為職質したところ道具屋に行くと答えた、と。
道具屋は比較的遅い時間まで開けている。おくすりや毒消しを求める客は昼夜問わずなので。

サロメは門兵をねぎらい、道具屋方面へ向かった。
すなわちそれはグラスランド側、ということである。



夜の城下は昼間のそれと趣を異にしていた。人気の無い街を、グラスランド方面に向かい、歩く。
探していた人物は、城下街を抜けた先の石橋にいた。髪を下ろし、生成りのローブ1枚きりのユーリもまた、昼間の彼女とは別人のようだった。
酷く透明で儚げな少女はひとりきり、歌を口ずさんでいる。張り上げている風でもないのに通る声。哀切を帯びたメロディーが夜闇に響く。

――鎮魂歌か。

サロメは自分が異空間に迷い込んだような錯覚に陥った。
目の前の、哀しげな、ただただ儚いひとは誰だ? 迂闊に声すらかけられない。何かとてつもなく神聖な、人というより女神に近い――

唐突に歌が止んだ。
入れ替わるように、殺気。革手袋をつけた女神の右手が紋章発動の構えを取っている。

「レクイエム…ですか」

サロメは声を発した。
少女は構えを解いた。しかし殺気はそのままだ。

「カラヤの村の弔い、というところでしょうか?」

尋ねると、ほどけるように殺気が消えた。人ならざる女神も、また消えた。

「気休めだとはわかってるんだけどね」

どこか投げやりな、はすっぱな口調でユーリは言う。しかし彼女はまだ儚げな雰囲気をまとったままだ。

「貴女は…優しい方ですね」

サロメは言った。彼女からの返しはなかった。哀しい沈黙が満ちる。

「貴女を迎えに参りました」

「死者の水先案内人みたいね」

大歓迎よ、とユーリは混ぜ返す。
サロメは内心で思う――縁起でもないことを、と。

「ディナーのご招待です。手伝いだけさせてお誘いしないとは礼を失する、と」

「内輪のパーティーなのでしょう、だからあえて遠慮したんだけどな」

ユーリはようやくサロメの方を向いた。夜闇の中、表情は判らないが彼女は小さく笑ったようだ。

「えっとあなた…サロメ殿、でしたっけ? 割とエライ方なのでしょう? 軍師サマがこんな使いっ走りみたいなこと」

「団長命令ですからね、わたくしに拒否する権限はありません」

は…と、毒気を抜かれた少女にサロメは言った。我が団長は筋を通す方なのですよ、と。
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