捏造幻想水滸伝X〜陸〜

□valkyrie
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「おい! 止めろ! アス、馬車を止めろ!!」


御者台にいたアストリアは、響く怒鳴り声に驚き、御者に停止を命じた。
クロード老医師は肝の座った軍医らしく、取り乱すことなどまずない。
手負いだらけの隊員一同を叱り飛ばすことはままあるが、彼がこうまで切迫した叫びを上げるとは。

アストリアは御者台から飛び下り、後方に回った。
クロードの叫びの原因はすぐに判った。


「…エマ!」


アストリアは職業柄、人の臨終に何度か立ち会っていた。
よって、これはヤバイとピンときた。

「おにいちゃん、どこ…?
 あたし、死にたくない…死にたくないよ…」

「当たり前だ!」

アストリアは叫んだ。
茫洋としたいつものポーズなどかなぐり捨てて。

「エマ、必ず助けてやるからな! 絶対死なせないからな! エマはオレの許婚なんだから…!」



アストリアの脳裏を、過去の映像が占拠していた。
人としての尊厳を踏みにじられ尽くした母親の死に顔。原形を留めてさえいなかった弟の遺体。
次は自分の番、と覚悟を決めながらも、自分だけは生き延びると、どこかで信じていた。

手近な剣を振り回した。手応えがあった。
必死で所々記憶が抜け落ちているのに、その感覚だけは忘れない。今でも彼は剣が持てない。


墓を掘った。夢中だった。何故オレは生きているんだろうと思いながら――。
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