捏造幻想水滸伝X〜陸〜

□vanitas
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場所を客間に変えたことに、ユーリは何の不自然さも覚えなかった。
血で汚れた執務室を避けただけだと彼女は思っていた。

10日と待たずに敵にくれてやる予定の建物に、大がかりなクリーニングが必要とも思えなかったので、
床の血の染みだけをざっと拭き取り、あとは放置を決め込んでおいた。

しかし、ソリスにとっては意味のあることだったようである。
彼は、執務室と大差ない素っ気なさと成り果てた客間の隠し扉を開けた。
執務室の書棚が回転扉であることをユーリは知っていた。
しかし、客間までとは恐れ入る。…ニンジャ屋敷か、ラウルベル邸は?

「不特定多数のお客様が出入りする場所にこれって、不用心じゃないの?」

「それがかえって隠れ蓑になっているという側面もあります。
 元々は、人目を忍んだ逢引用の小部屋だったらしいのですが。
 …もちろん私は、そのような用途に用いてはおりませんよ」

「いちいち弁解するあたりが怪しいわ」

もちろんこれは、そうでないと解った上での冗談である。
ソリスは客間に仕込んだ隠し部屋から、ひとふりの剣を取り出してきた。
そして、ユーリに恭しく差し出す。


「あなたのものではありませんか?」


ユーリは、ソリスが捧げ持つ剣を見た。
薄紅色の刀身の、小振りな、いかにも女持ちといった風情のスチレット・ナイフ。

あのひとの『100本の罠』を切り抜けた幸福だった頃のユーリが、
初めて戦場に出ることになった時、あのひとが寄越したものだった。
あのひとのより少し小さくて、でも色違いのおそろい、と、嬉しくてはしゃいでいた、あの頃の。

ラウルベル邸に拉致されて、ソリスやガレオンと着の身着のままで逃げ出して来た時、回収できずに置いて来てしまった小剣。

あのひとの形見と呼べるこの値打ちもののことを、惜しく思わなかったと言えば嘘になる。
しかし、あの状況で命が助かったことを思えば、と、空しい言い訳で自身を慰めていた、あの頃。

もっとも当時のユーリには、お嬢さんの護身用のような剣が必ずしも必要というわけでもなかった。
もしもの備えは、ガレオン所持の予備の懐剣で充分間に合った。

そして、ファレナを去る時、ユーリは丸腰だった。
彼女の頼みは紋章だった。ハルモニアまでの遠い道のりも、それでどうにか事足りた。
そして、フェイク・ピストルを託されてからは、ますます剣の必要性を感じなくなった。



時折、あのひとのプレゼントに想いを馳せることも、なくはなかったが、それだけ。
薄紅色のスチレット・ナイフは、ユーリの中で完全に過去の遺物だった。
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