昼下がりのティータイム

□茶飲み話で軍師論
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「最初に誰に師事するか、って大事ね」

『軍記』をぱらぱらと流し見ながら不意にユーリが言った。

「私、ジョアナってひとのことはよく知らないけどサロメ様、あなたを見ていると彼女の人となりがわかるような気がするわ。
 ジョアナさんはきっと人として至極真っ当で、優れた方だったんでしょうね。…シルバーバーグの坊ちゃんも、彼女みたいなひとと出逢えればよかったのに」

「シーザー殿はおよそ私に倍する能力をお持ちです。先の件も…シルバーバーグの血の力を肌身に感じました。
 それに、彼にはアップル殿がついておられる。悲観することはありますまい」

サロメは本心を口にした。自身の師を、ユーリがそのように評価したのは嬉しかった。
あぁ、とユーリは我に返ったように、

「シーザー殿は大丈夫。あなたの言う通り、アップルちゃんが目を光らせてるもの。本格的に道を誤ることはないわ」

「アップルちゃん、ですか…」

やれやれ、とサロメは苦笑混じりに嘆息する。
サロメと同世代のかの女史も、ユーリにかかれば「アップルちゃん」。…果たして己は彼女の目にどう映っているのやら。

ユーリが憂慮し、怒りさえ覚えているのはシーザーではなく、シルバーバーグの長男坊アルベルトに対してだった。

「どれだけ優れた素質があって能力的に申し分なかったとしても、その使い方を間違うようじゃ意味ないわ」

ユーリは断罪の女神の表情で、アルベルト・シルバーバーグを非難した。

「シーザー殿もおっしゃっていましたね。力を貸す相手を見誤るような大馬鹿は…と」

サロメはつい、ひとりごちた。そうね、とユーリが受けて、

「シーザー殿の兄上は、ある意味では『シルバーバーグ』の名の使い方を熟知してる、とも言えるわね。
 どんな非道な手段を用いて『勝ち』にこだわったとしても――普通の人なら思いつかないような、いえ、思いついたとしても実行を躊躇うような酷いやり方でも、周囲は許さざるを得なくなってしまう。
『シルバーバーグ』なら仕方ない、と」

でもそれってずるいわ、とユーリは可愛くむくれてみせる。
こんな生臭い話題だというのに、彼女の顔だけ見ているとまるで好きな菓子を取られて拗ねている子供のようだ。

「ずるい…ですか」

「ずるいわよ」

「軍師としては、非情のそしりを受けたとて勝ちに行かねばならぬ時もありますよ」

と、言ったサロメにユーリは、

「例えばの話よ。
 例えば…そうね、私やサロメ様が、かのレオン・シルバーバーグと同じことをしたとするわね?」

「同じこと…」

サロメはしばし黙考し、

「例えば、カレッカの大虐殺など…ですか?」

「そうね、その辺がメジャーどころかしらね」

レオン・シルバーバーグの悪行ってそれだけじゃないけど、とユーリは続けて、

「あなたの資質としてそれはまずしないだろうってツッコミは却下よ」

「わたくしはカラヤの村を焼き払えと命じた張本人ですが」

「そういう自虐もいらんわ」

ユーリはさっくり流して、

「多分、並の軍略家がレオンの所業を真似したら、卑怯者のそしりは免れない。
 最低でも国際社会からけちょんけちょんの爪弾き、場合によっては処刑もあり得る。
 レオンはシルバーバーグの名の元にそれらを免除されてるだけよ。シルバーバーグじゃしゃーねーな、って。
 それって、ずるくない?」

「さぁ…どうでしょう…」

ムキになる子供のように言い募るユーリにサロメは苦笑し、2杯目の茶を淹れに立つ。

「ですが確かに『シルバーバーグ』は人道に外れた策を用いる際の免罪符、という側面もあるやも知れませんな」

そうした観点から物事を見たことはありませんでしたが、とサロメは正直に申告した。
サロメにとっての軍事の策とはすなわちゼクセンの為、騎士団の為――今となってはクリス・ライトフェローの為のモノなので、それらを穢す恐れのある策を採ることはない。
それはサロメが常に自身に科していることだった。
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