昼下がりのティータイム

□茶飲み話で軍師論
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話題はその時々でまちまちだ。
サロメがユーリにかつてファレナで経験した戦争について尋ねることもあれば、世界の亜人種談議に発展することもある。
ユーリが「最近のグラスランド事情をアップデートしたい」からと、ゼクセン連邦の建立について事細かに訊くこともあった。
もちろんサロメは、ゼクセンはグラスランドとは別組織です、と釘を刺したが、基本コスモポリタンを自称するファレナ出身のユーリにとっては、ゼクセンはグラスランドの一部族、という扱いらしかった。

レディグレイとショートケーキのお伴こと本日の話題は、何となく『軍師』。
ユーリがサロメの部屋の大部分を占拠する本の中の一冊に目を留めたのがきっかけだった。

「『軍記』? こりゃまたどストレートなタイトルね」

「わたくしにおける聖典です」

サロメが言うと、ユーリはにわかに興味を示し手に取って、

「ジョアナ? へー書いたの女の人なんだーめっずらしー」

「ご存知ありませんか?」

「うん、知らない」

ユーリは『軍記』をぱらぱらとめくりつつ、

「割と最近の人だよね。
 ここ30年くらい旅暮らしが続いてて兵法書とかまともにチェックできてないのよね」

「30年…」

それはほぼほぼ私が生まれた頃ですね、と、サロメは絶句した。

「貴女にかかればわたくしの師ですら『最近の人』なのですね…」

「え」

ぎょっとして固まったユーリにサロメは言った。

「ジョアナはわたくしの師匠です。ちょうど、シーザー殿とアップル殿のような関係でした」

実際のところ、サロメとジョアナ女史はシーザーとアップルよりも年齢差は開いていた。
サロメの師は既に鬼籍に入り…それでも彼女はサロメに様々なものを残してくれた。
彼女の思想、彼女の教えは、今のサロメを形成する中でも大きな位置を占める要素。
幼少時、『ザクソン卿夫人』を見出したサロメに、様々な資料(中には発禁本の類もあった)や様々な逸話(まるで見てきたように語るのだ)を披露したのもジョアナ師だった。

これまで誰にもここまで深く語ることのなかった師匠のことを、何故だかユーリに熱く語っている。
こんな状況を可笑しく思いつつも、心地良い。

ユーリは興味深くサロメの話を拝聴した。
良書はいつでもユーリの興味の対象だった。もちろん、その書き手の話も尚のこと。
とっておきのレディグレイの存在を忘れたかのように『軍記』の序章から目を通し始めたユーリにサロメは言った。

「よろしければ、お貸しいたしますよ」

「ホント!?」

ユーリの顔がぱっと輝く。
感情の発露に素直な飴色の瞳が好奇心でキラキラしている。

「ありがとう、助かるわ! 最近アップデートできてなかったから。色々お勉強し直さないとね♪」

返すのはいつでも結構ですよ、と言いながらサロメは感嘆する。
ユーリ・ザクソンが『ジェノサイド・エンジェル』となったのは半世紀以上前のことではなかろうか。そして、彼女はそれ以前に『ファム・フラム』であった。
さらに付け足せば、殺戮の天使と炎の娘の前に、只人としての人生もある。
80年…いや、下手をしたら100年程も時を費やして尚、こうして「アップデート」だ「お勉強」だ、と向上心を発揮して――。

例えば自分が齢80を迎えたとして(それ以前に寿命が尽きる、という懸念はこの際置いておく)、果たして今のユーリのように、人の世のあれこれにワクワクと胸を躍らせ日々を有意義に過ごせるだろうか。

――おそらくは、無理だろう。

サロメだけでなく、他の大多数の人間は…老いと共に気力を失う。真の紋章所有者の特権(?)不老の助けがあったとしても…

――いや、不老の恵み以上に重大なハンデをこの方は負っている。『原罪』の呪いに耐え得る人間はほぼいまい。

『真の原罪の紋章』がもたらす呪いは他の真紋とはまた一線を画す。
耐え切れず落命するのがデフォルト。現にユーリの前の歴代所有者達は『原罪』に見入られてごくごく短期で死亡している。
他の真の紋章継承者のように、何十年単位で生存しているユーリ・ザクソンこそが『原罪』の主としては異端なのだ。

――凄い方だ。

半ば畏れ、半ば感嘆でサロメは思う。
まったくもって、ザクソン卿夫人とは凄まじいお方だ、と。
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