昼下がりのティータイム

□茶飲み話で軍師論
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さて、ゼクセン騎士団副団長サロメ・ハラスはこうして『ジェノサイド・エンジェル』ことザクソン卿夫人と『おともだち』になることができたわけであるが(I doll参照)。

アップルは言った。ユーリさんとは有意義な語らいの刻が持てるでしょう、と。
サロメにとってそれはまことに真実だった。
元々『ザクソン卿夫人』はサロメにとっての規範であった。
幼き日、歴史書の中で彼女を見つけてからというもの、サロメは彼女を追っていた。
『ファム・フラム(炎の娘)』が『ジェノサイド・エンジェル(殺戮の天使)』と成り果て故国を追放。そして、その後の足跡と。
少年サロメは、派手やかさもなくむしろ泥臭く、しかし成すべき時に成すべきことを成し遂げるいぶし銀のような顔も知らないその女性に、半ば憧れに近い感情を持っていた。
軍師としてこうありたいと願った存在が彼女だった、と言い換えてもいい。

そう、模範であり、憧憬。
歴史上の人物で、淡い憧れを抱いたひと。
彼女は長いこと、サロメの中でそうした存在だった。

だが、何の因果かそんな人物が、生身の女性として目の前に現れた。

まさかそんな、と否定する理性と、いやこれは奇跡だ、と高揚する感情と。
相反する意識を持て余し、自家中毒さえ起こしかけていたサロメをたきつけたのは、かのシルバーバーグの次男坊と、その『先生』だった。
シーザーもアップルも、サロメがユーリに近づくことを拒まなかった。それどころかシーザーなどはむしろ積極的にサロメがユーリに接触するよう働きかける始末だ。
つまりは『ジェノサイド・エンジェル』をこちら側に抱き込んでおけよ、という思惑である。
殺戮の天使が破壊者側に堕ちたら最早勝ちの目は無くなる、とシーザーは主張した。
そしてその流れでの、シーザーからの命令にも似た『ナンパ決行』。

命があっただけで御の字、とはまったくの本音である。『真の原罪の紋章』の前で只人のサロメなど如何程のものか。
しかし――これは墓場まで持っていく秘密だが――警戒心も顕わに手負いの獣の目をした『殺戮の天使』を前にして、この場で彼女の手にかかって果てるも本望、という妙な高揚感を覚えたのもまた、事実であった。



ユーリ・ザクソンは可愛らしくただただ無邪気であどけなく、無力な小娘のようでいてその実、芯が強くて老獪だ。
たおやかで優しげで、一見流され易く吹けば飛ぶような楚々としたお嬢さんなのだがなかなかどうして手強い人である。
こと戦略面においては軍師もかくやという手練れの域。これは無理、となれば、のらくらと、あるいは頑として、突っぱねる。

つまり、誘っても断られない現況は…つまるところ誘ってもよい、ということなのだろう。
そう解釈してサロメは今日もユーリを茶に誘う。いい茶葉が手に入ったのですよ、を口実に。



いい茶葉が手に入った、は、嘘ではない。
というより、この為に手を尽くして入手した、とも言う。

アールグレイを「癖はあるけど嫌な感じじゃない」と評した彼女の為に取り寄せたレディグレイ。
彼女は喜んでくれた。彼女が持参した手土産のケーキ(メイミのレストランの一番人気だそうだ)にもよく合った。

美味しい、と微笑む顔に心が暖かくなる。
それは不思議な感情だった。32年程生きてきたが……ついぞなかった感情だ。
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