稲妻11小説

□一万打祝い
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彼女の名前は何だっただろうか
俺の名前は何だっただろうか

そんな事も覚えていないけど、彼女の事は知っている
自身の中にある記憶で彼女は生きている

美味しそうに彼女が甘味を頬張る記憶が一つ
新しい柄なんです、と新品の着物を俺に見せる彼女の記憶が一つ
俺の隣で彼女が一緒に道を歩いてく記憶が一つ
包丁の音をたてながら夕飯を作る彼女の背中の記憶が一つ
長い綺麗な髪を慣れた手つきで後ろに結う彼女の記憶が一つ
俺がわざと顔を彼女に近付ければ真っ赤に頬を染め、怒る彼女の記憶が一つ


思い返すと自分でも羞恥心を覚えてしまう様な記憶がほとんどで、とても幸せそうな彼女ばかり


そして、いつも記憶を辿った先にあるのは涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔
必死に何かを俺に言っているが俺には届いていない
そしてゆっくり、彼女の顔が落ちる瞼に消えていく


きっとこれは前世の俺の最期なんだと思う
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて
涙が本当に枯れてしまうんではないかと心配してしまうほど彼女は俺の為に泣いてくれた


そんな彼女が
愛しくて堪らなかった
抱き締めたくて仕方がなかった










俺は記憶の彼女に恋をした







<記憶はただの不確かな物にすぎないという事。>









人に君との出会いを運命だと言ったらきっと笑われるだろう
でも、前世の記憶を持つ俺は解ってしまった



あ、彼女だ


例え姿は違えど俺は君が彼女の生まれ変わりだと解った
彼女が君である証拠なんて何一つと無いけれど一目見て、そう思ってしまったのは紛れも無い事実なんだ


そう……円堂くん
君は彼女の生まれ変わりなんだ





「………何で男の子に生まれてきちゃったのかなぁー」

「はぁ?何のこと?」

「あ、……何でもない」


おっと。つい思った事を口に出してしまった、危ない危ない。


ヒロトは頬杖していた二本の腕を離し机の上に落とす。机の上で腕を重ね口を隠す様にそこに埋もれさせる。今は鼻から上しか見えない状態だ。


でも本当にそうだよね
もしも俺か円堂くんが女の子に生まれてたら少女漫画でよくあるパターンだったのに

男女だったら恋人になって結婚して子供を生んで、年老いても一緒に人生を歩めたのに

男同士だとどうにもならないじゃないか

本当にもう……はぁ

いっそのこと


「女の子になりたいよ」




ガタンッ


「!?」

「ヒロト…お前………」


先ほどまで俺の近くで携帯をいじっていた風丸くんが凄い形相をしてこっちを睨んでくる

え、何その軽蔑した様な目は


「か、風丸…くん?」

「―――――!!!」


ヒロトが恐る恐る声を掛けてみると、風丸は椅子から立ち上がり携帯を開いたまま机に放り出しドアから飛び出す
流石は元陸上部。もう足音が聞こえない


「―――――あっ!もしかして俺また口に出てた…?」


風丸が部屋を出てから数秒後、ヒロトはやっと風丸が起こした行動の意味を理解する
ヒロトは元々白かった顔がより蒼白になる


どどどどどうしよう!!
普段から只でさえ変態扱いされてるのに、あんな事聞かれて俺どんな風に見られるんだ!?
言い訳するったって前世の事を話す訳にはいかないし……あああ


ヒロトが頭を抱えながらその場で困却していると、遠くから数名の足音が近づいて来る


あ、終わった…

ヒロトがそう思ったと同時にメンバーの一部が部屋に流れ込んで来る


「なぁなぁヒロト!何で女になりたいんだ!?」

「お前、もしかしてそっち系だったのか?」

「元々変だとは思ってたけどそこまでとは思わなかったよ」


えーっと、そのー…

ヒロトが一人で多勢の質問に混濁していると、元凶とも言える円堂守が人の間を無理やり割って入ってきてヒロトの前に辿り着いた。

「え、円堂くん!?」

「なぁヒロト!何で女になりたいだなんて言うんだよ!!」

「えっ?あーそれはー………」


円堂…くん?
なんか怒ってるような……?




「俺はヒロトが男に生まれてきて良かったと思うよ!だってもしヒロトが女に生まれてたら、俺達とヒロトは出会えなかったと思う。

きっとヒロトが女だったらガイアのキャプテンに選ばれなくて、あの時俺とヒロトは出会えなかったはずだ!

きっとヒロトが男に生まれた時から俺達は出会う事が決まってたんだよ!一緒にサッカーやる運命だったんだよ!

ヒロトが男でいる事は俺達が出会えた証っていうか、女になったらその証が消えるっていうか…
それに女になったらもう一緒にサッカーやれないし!

だから、……あぁもうよく分かんねぇ!!とにかく俺はヒロトに男でいてもらいたいよ!!」







「…………おい、ヒロト……?」












どうしてだろう
どうして、涙が出てくるんだ

円堂くんは真剣に俺の事を思って言ってくれたから?
他の皆とは違って馬鹿にしないでくれたから?
滅多に怒らない円堂くんが俺の為に怒ってくれたから?

どれもピンとはこないけど
涙が落ちる事を止めてくれない

女になりたいだなんて思った自分が恥ずかしくて悔しくて
何故だか円堂くんにとても申し訳なかった





「ヒ、ヒロト…大丈夫か?」

「……え、あ、うん。大丈夫…ゴメンね皆、急に変な事言って。気にしないで!あと…ありがとう、円堂くん」

「おう!……これからも一緒に、サッカーやろうな」












ねぇ、―――さん
お願い。最後にお願いを一つ聞いて下さい

あたしは必ず、必ず生まれ変わって貴方の元に行きます

もしかしたら神様の悪戯であたしがあたしでは無いかもしれません

女じゃないかもしれません
人間じゃないかもしれません
生まれた土地が互いに違うかもしれません
貴方の事を覚えていないかもしれません

それでもあたしを見つけて下さい
不躾なのは百も承知です
ですがあたしは必ず貴方の元に現れてみせます
そして、どんな形でも出会えた事を後悔しないで下さい

あぁ、あぁどうかまだ逝かないで

あたしは貴方に出会えてとても幸せでした
短い時間でしたけどとても貴方に満たされました

ありがとう、ありがとう

どうか…約束守って下さい
最初で最後の、あたしの約束








また、逢いましょう


            完




(ところで円堂くん。何であんなに怒ってたの?)
(え?うーん分かんねぇ。ヒロトが女になりたいんだって風丸から聞いて急にこう、カーッて頭に血が上った感じ。それに……)
(それに?)
(……なんか頭ん中に、"ヒロトの馬鹿"って思ったから)
(えぇ?何それ、酷いなぁ)

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