キスミー、キミー
□禁忌
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キャンセルの知らせを聞き、キミーはとぼとぼ控え室に戻った。
「やっぱ売れなかったのか、悪魔のワン公」
地下の犬たちは口が悪い。
だが、この日はキミーをからかってはいなかった。彼らの顔は硬かった。
「うん。しょうがないね」
キミーはへらっと笑い、飲み物をとった。
「まあいいさ。くさいおっさんと寝なくてすんでよかった」
「おめえ、よくないだろうがよ」
キミーは地下にきて、一度も客のオーダーが入らない。
妙な噂のせいだった。
キミーのひとり目の主人は、彼をきびしくしつけ、買い取る直前に心臓発作で死んだ。
二人目の主人は調教権をとってほどなく、交通事故に遭って死んだ。三人目の男は、ためしに彼を抱いた翌日、ひどい食中毒をおこして、一週間入院する羽目になった。
その男が売り戻すと、
――あれは邪視ではないか。
という、うわさがたった。
質のいい犬であり、ヴィラは懸命に噂を否定したが、富裕な客は運に吝嗇だった。
以来、三年の間、買い手がつかない。値を落として、地下の歓楽街に置いても、誰も触れない。
売れない犬は薬殺処分になる。彼の担当アクトーレスはここに置く時に、
「一度でも客をとれれば、五年は猶予ができる。だが、一年誰も触らなかったら、おまえは価値がない。処分だ」
と言い渡した。
その一年目が今日だった。
「逃げちまえよ」
犬たちは心配した。
「おまえが逃げるんなら、手を貸すぜ」
人の好いキミーは、彼らに愛されていた。
「アホ、いいよ」
キミーは明るく笑った。
「おまえらに迷惑かけてまで生きのびたくないよ。おれはべつにいい。ハゲ親父のペットになりたくもなかったし、注射されるまで、テレビでも見て楽しく過ごすよ」