神メモ

□ルールなんて存在しない
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※学生ヒロさん


季節はあっという間に巡る。

高校に入学したと思ったら、夏休みに入り、初めての文化祭まで終わってしまった。すっかり始めの頃の緊張は解けて、周りの女子らのスカート丈が変わっていく。でも、それは上級生や先生に目を付けられないくらいの長さ。まあ、私にとって、そんなことはどうでも良いのだけど。

「スカート短くしないの?」
「見て嬉しいのは貴方みたいな男だけよ、桑原君」

口付けていた紙パックのジュースに挿したストローを噛みながら、隣の席に座る人物を見ると、Yシャツのボタンを二つ開けて緩めたネクタイを付けている彼は爽やかな笑顔。はあ、と溜まっていた息を吐き出し、またストローを銜えて中の飲み物を飲んだ。口の中に広がるアップルティーの味はやけに甘ったるくて困る。

――桑原宏明君。爽やかな笑顔とルックスの良さと口の上手さで女の子にモテる人。同じクラスで今は席が隣の人。この学校に入学してから何人の子に告白されたのか分からないくらいの人気ぶり。そういうちょっと面倒な彼は現在“私を口説き中”らしい。

「ほら、ガード堅い子ほど落としがいがあると言うか」
「くたばりなさい、色男」
「でも、おれ本当に君のこと好きだよ?」

うっ…と胸にくる桑原君の甘い台詞。もう何度目のことだろうか。頭を振ってその言葉を払って、やっと飲み干せた紙パックを潰しながら彼に聞く。

「例えばどこが?」
「全部…って言っても君は信じてくれそうにないよね。うーん、そうだなあ。髪とかかな?綺麗で長くて、触り心地良くて好きだよ」
「さっそく触らない」

勝手に私の席の机に座って、私の髪に触れてくる彼の手を払う。椅子を引いて彼から少し離れた。それから残念そうに笑う桑原君を睨む。私の髪?気に止めたことなんて無いくせに。だったら今日のヘアピンの色が違うことにだって、気付くでしょう?

「冷めてるなぁ。おれのこと嫌いじゃなさそうなのに、どうして?」

おれは君のこと愛したいよ。なんてウソの言葉で惑わしてくる。そんな彼の思いのままになるものですか。窓側の席なので窓の外を見ながら「そうですねー」と言ってみる。ガヤガヤと煩い教室の音を聞きながら、空を泳ぐ鳥を見ながら少しだけ考えてみた。

「男子に微妙な壁をつくられている桑原君が可哀想だったから」

みたいな?と首を傾げてさらりと彼に告げれば、珍しく桑原君は寂しそうな表情をする。人当たりはいい彼だから表向きでは仲良く出来てるものの、変な噂も絶えない彼なので男子からは一線を引かれているのはバレバレ。そんな顔、普通の女の子には見せないと思うと小気味よい。

「……じゃあ、そんなおれを心配してくれるんだ。うれしいな」
「ポジティブに取るわね、桑原君」
「あんまり分からないんだよ、男子は。中学は丸々学校行かなかったし」

軽い調子で言う彼の言葉を黙って聞く。彼は良く分からない人だけど、きっといろいろあるのだろう。そのいろいろには“風俗嬢の家を転々としている”とか“女の子に貢がせてる”だとかの噂も含まれているけど。

「兎に角。桑原君がいくら言葉を並べても、たとえ跪いたとしても、私は周りの女の子たちみたいに貴方に惹かれたりしないから。世の中、何でも簡単に手に入らないのよ。遊び相手なら他をあたりなさい」

ビシッとそう言って椅子から立ち上がり、潰したジュースの紙パックを捨てるためにゴミ箱に向かう。視界の端で、彼が肩を竦めるのが見えた。

「こまったな。でも、おれも本気だから頑張らせてもらうよ」

その一言に足が止まり、スカートの布を握ってから、彼を振り返ると桑原君はきょとりとした顔をした。

私だって、本当はスカート丈を短くしたいし桑原君のことだって好き。

でも、周りの女子とも彼が転がり込んでいる風俗嬢の女性たちとも違うんです。作り笑いと見せかけた、本当の笑みを作って

「なら頑張ってやってみてよ、桑原君」

そのことを、君は知っていますか?






















愛にルールなど存在しないから
(なら、こんなやり方もあるでしょ?)

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