銀月 長編

□月の出でたらん夜は見おこせ給え 1
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“浮世は夢” とは、誰が言い始めた言葉だろうか。
あまりに陳腐で、あまりに使い古されたものだけに、それは真実。
だが、どうせ夢であるなら。
この世に生まれ落ちたものは皆、夢の中で生きる定めならば、美しく生きたい。
誰かに無理やり捻じ曲げられた道でも、せめて己の心だけはまっすぐに。
ひたすらに前だけを見つめて、信じた道を生きていきたい。
ああそうだ。あの女もそうではなかったか。
常夜の闇に囚われつつも、それでも希望を捨てることなく、燦然と輝いていた女をわっちは知っている。
深い絶望と孤独にまみれた吉原の地にあってなお、太陽のごとく光り輝き、臆することなく笑顔を降り注いでいた。それは吉原に生きる全ての妓たちの希望であり、また宝であった。
じゃが、わっちはそうではない。わっちが今していることに、気付く者などいないかもしれぬ。
その証拠に、わっちが己の欲望のために街を去ったと誹謗中傷する者も存在するという。
わっちの本心など、誰も知らなくてよい。
わっちのしていることの意味など、誰も知ろうとしなくて結構。あれこれ詮索されることなど、今更望んではおらん。
日輪さえ分かってくれていたらそれでいいのじゃ。
日輪さえ…
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