銀月 パラレル

□眠り姫の憂鬱
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「…月詠。月詠起きなさい。月詠」

は、と目を覚ました。
見ればベッドの傍には母がいて、お膳を手にしている。

「寝ているのはいいことだけど、何かお腹に入れないとね」

「あ、ああ…」

半身だけ起きて母を見た。まだ頭がぼんやりしている。
時計を見れば7時36分。え、と窓の方を見やったが、既にカーテンが引かれていた。

「あんたよく寝てたわね。お昼も持ってきたけどよく寝てたから、母さん起こさなかったわよ」

「そうか…」

半分呆れたようにそう言われ、だからか、と納得した。頭がぼうっとしているのは寝すぎたせいだ。

「まあ部活や勉強で忙しいのは分かるけど、たまには骨休めもしないとね。大体あんた自分の健康を過信しすぎなのよ」

美しい、よく自分と姉妹に間違われる母がずけずけ言うのはいつものことだ。

「父上は?」

お粥の入った椀を手にしながら聞いた。

「まだよ。今日は遅くなるって言ってたじゃない。どうしたの、何か買ってきてほしいものでもあるの?」

「いや…」

てきぱきと答える母の背中を見ていたら、やっぱりさっきのは夢かと思えてきた。

「あ、そうそう」

「?」

「あのね、さっき銀八先生が見えられたのよ。日頃元気な奴がいきなり欠席だからどうしたのかと思って、ですって。母さん買い物に行くところだったからお留守番お願いしたんだけどあんた気付いてた?」

ぶはっ!お粥にむせそうになった。

「え、えええええ…」

うん?と母が小首を傾げる。

「その様子じゃ気付かなかったみたいね。ちょうど玄関出たところでいらっしゃって、どうしようかと思ったんだけど『大丈夫ですよ。ぼくが見てますから』言われてつい甘えちゃったのよ。あんた学校行ったらちゃんとお礼言っといてね」

「………」

何も答えずにれんげを頬張る。

「『月詠さんの体調が悪いことに気付かなかったぼくも悪いんです』って仰ってたわ。『彼女が欠席してる間は都合がつくかぎり毎日来ますので』だって。そこまでしなくてもいいってお断りしたんだけど、それじゃ担任として申し訳ない、だって。なんかしつこいわねあの先生」

「…そうじゃな」

そこだけは心から同意しておいた。

「ま、いいわ。とにかくちゃんと食べて寝てるのよ。熱が引いたっていっても夏風邪はしつこいんだから。明日もちゃんとお医者さまに診てもらわないとね」

言いたいことだけ言うと、母はさっさと部屋を出て行ってしまった。
…はあ。
だるさも無くなったし食欲も出てきたしで、明日は学校へ行けるかなと思ったのに。
月詠は大きなため息を吐くと、かちゃんとれんげを椀の中へ放り込んだ。

(あのマダオめ…もしかしたら)

一瞬ひやっとしたが、そこまで卑怯な男じゃないと思いたかった。
胸元を見下ろしたが、別段乱れている様子も無い。そんなこと何の証拠にもならないが。
だがそういう男じゃない。銀八は変な奴だが、寝入っている生徒を襲うようなサイテー外道ではないと思う。…他では知らないけど。

(そうじゃ課題)

母のおしゃべりのせいで宿題の存在を思い出し、ベッドから起き上がった。
するとカバンの上には1枚のレポート用紙が。

(なんじゃコレ…)

『月詠 

今日欠席だったので、課題の提出は学校に来てからでいいです。あと明日から新しい単元に移るのでそれだけ覚えておくこと。そんで授業は時間割どおりだから。』

「ふん」

連絡事項が小汚い字でやけに事務的に書かれている。
すると紙の半分が折りたたまれていることに気付いた。
なんでここだけ折れてるんじゃ?と不思議に思ってぴらっとめくると、そこには

『寝てるオマエ、すんげー可愛かった。いいモン見れた、さんきゅ』

「……あんのエロ教師ィィィィィ!!!!」

部屋の外で、わおーんと犬が鳴いた。



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