GX

□water
1ページ/1ページ


水は掴むことができない。
手のひらで掬うことはできたとしても、きっとすぐに零れてしまう。

彼をここに留めさせておくためには器が必要だった。
水を取りとめておくための、頑丈な器が。

「もう行ってしまったのね」

彼女はそう言った。
そうだ。
彼はもう、掬いとめていたオレの手のひらから逃れ、どこかへ旅立ってしまった。

「あぁ。そうだな」

彼女の美しい髪が、風にふわりと揺れる。
肌寒い夜風が、先ほどまで行われていたパーティの火照りを和らげていった。

「あれでよかったのかしら、十代は」

悲しげで、切なそうな天上院くんの横顔を目に入れないようにと、オレは彼女に背を向ける。

「アイツは昔からああいうヤツだろう。いつの間にかふらっとどこかへ消えてしまう」

あの日、試験会場であったあの日からずっと変わらない。
唐突に現れたかと思うと、いつの間にか傍にいない、漫画のヒーローみたいなヤツ。

「ええ、そうね。離れてみると改めて思うわ。アイツは私たちにとってとても大切なヒトだった」

本当、その通りだと思う。
ずっと傍にあったのに、無くなって初めて、大切だと気付く。

まるで、零れ落ちる水のように。

「さ、翔くんたちのところへ戻りましょう」

「そうだな」

少なからず、オレ達は彼の器になれるよう努力してきた。
けれど、土の器が水を通してしまうように、ガラスの器が割れてしまうように……。
オレ達では彼の器にはなれなかった。


だから、今でもオレは

器から零れおちたその水に、ずっとしがみつけないまま溺れ続けている。

end




十代さんは水と似ていると思います。
掴めない、なくなって初めて大切だと気付く、そして、一度溺れるほどに掴まってしまうと、逃れることは楽ではない。
万丈目さんは、そんな十代さんにずっと溺れていると思います。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ