お題小説
□止まない着信音
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何度も念じた。
きっとこれは何かの間違いだろうと。
鼻腔に薫る嫌な臭い。
主君の操る漆黒のそれから薫るにおいとよく似ていた。
「っあぁ……くぅ……。うぅ!」
コンクリートの冷たさが体にしみる。
どくんどくんと腹部から流れ出る真っ赤なそれを、アイツはどんな目で見ているのだろうか。
目の前の人物が怪しげに笑みを見せる。
ギリギリと義手では無い方の腕が音を立てる。
あぁ、踏まれているんだなと、感じる事さえもままならない。
「ぜ、ってぇ……!ぜってぇ…っ、吐かねぇっ!…よぉっ!」
目の前が歪んで、もしかしたらもう目が見えなくなっちまうのかなぁ、なんて。
自分でも馬鹿なこと考えてた。
だって、目が見えなくなっちまったら、アイツのうざってぇ微笑みまで、見れなくなっちまうじゃねぇか。
それに感覚も無くなってきたみてぇだしなぁ……。
昨日の深いキスの感覚が蘇る。
頭がクラクラして、とろけてしまいそうな熱い熱いキス。
もう、味わえないんだなぁ。
結構、好きだったのに。
まぁ、お前にはぜってぇ言ってやらねぇけど。
「くぅああっ!」
傷口に蹴りが一発。
無様に吹き飛ぶ体。
ガシャンっと音を立てて、携帯電話が転がり落ちた。
傷が、喉が、瞳が、心臓が、ココロが。
痛い──……。
死んでしまうんだろうな。
考えたのは三度目だ。
一度目は争奪戦で、鮫に食われかけたとき。
二度目はザクロとかいう野郎にアジトごと爆破されたとき。
どっちも、助けたのはてめぇだったなぁ。
三度目も助けに来てくれんのかぁ?
不意に音を立てる携帯電話。
いつも耳にする音楽が、体をピクリと反応させる。
てめぇは、んっとに世話の焼けるヤツだなぁ……。
もう少しで届きそうなのに。
あと少しで電話に出ることができるのに。
体はもう動かない。
もう一度、あのキスを……。
携帯電話の着信は鳴りやむことを知らなかった。
end
甘い話ばっかりだったので、書きたくなってしまったお話。
何度スクが死にかけたって、あの人は迎えに来る気がします。
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