拍手@小ネタ集
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カラン、と乾いた音をたてて落ちた刀。
銀時は、自ら自分を刺してから地面に崩れる様にして倒れていった。
吹き出した生暖かい血が、土方の頬にピシャリとかかる。
土方は沈黙した空気の中、血に沈んだ銀時に近寄って、しゃがみこんだ。
息をしていない銀時の頬に手をあてる。
「ハハッ…銀時、お前…こんな雰囲気の時なのに俺を騙そうとしてんのか?手の込んだ嫌がらせだな……本当……嘘つくなよオイ…銀時ィ!!」
土方が怒声を響かせながら銀時の名前を呼び続けた。
10回呼んでも…100回呼んでも…10000回呼んでも…喉が枯れるまで呼び続けても…。
『土方』
憎たらしそうに俺の名前を呼び返してくれる銀時は、もう居なかった。
笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も、照れてる顔も…あの愛しい表情は、戻ってこない。
永久に瞳を閉じたまま…あの綺麗な紅色も見れない。
喧嘩だって、言い合いだって、罵り合いだって…生きてるお前とじゃなきゃ、意味がねェんだよ…。
「なァ、…本当は起きてんだろ?甘味…奢ってやるから…何でも頼んでいい…っ…家賃だって払うし……っっ…」
ギリギリと歯を食い縛る土方は、ついに痺れを切らした。
「銀時ィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
10001回目、名前を呼んでも…銀時は、返事をしなかった。
銀時が最後に残した言葉は、『ばいばい』だった。
─俺なァ、昔、友達がさよならも言わずに逝っちまったんだよ。
─そうか…。
─だから俺は、もし死ぬ時は絶対にさよならする。後から後悔しないために。
─さよならなんて言わせねェよ。俺が絶対に護ってやる。
─…そっか…ありがと、土方…。
銀時、お前は俺にさよならを言って、後悔しなかったのか?
1週間後、土方十四郎は真選組副長を降り、休職しているという知らせが江戸全体に広がっていた。
その原因は謎。
誰もが不思議だと話していた。
原因を知っているのは、真選組関係者のみ。
「なァ、トシ…お願いだから食べてくれ…」
近藤が、土方の部屋の前におにぎりを置いた。
それと同時に、手をつけられていない昨夜のおにぎりを抱える。
ここ最近、こんな生活がずっと続いていた。
銀時が死んだあの日から、土方は変わってしまった。
狂ったように暴れだしたかと思えば、壊れたように銀時の名を呼んだ。
何回も何千回も。
とうとう喉が枯れて声が出なくなってしまった土方は、何も語らない。
ただ、毎日空を見上げては『銀時』と小さく呟くだけ。
沖田の挑発にも乗らない。
山崎が仕事をサボッていても何も言わない。
土方が、ここに居ない。
「じゃあ…ちゃんと食べろよ」
近藤は声をかけると、その場を去っていった。
どうでもいい。
何もかもがどうでよくなっていく。
近藤さんが殺されようが、俺が死のうが、隊士が惨殺されようが、どうでもいいんだよ。
誰かが死んだところで、銀時が戻ってくるのか?
「…ぎん…とき」
土方は、曇天の空を眺めた
「にゃぁぁ〜」
すると、一匹の猫がやってきた。
白いふわふわとした、小さい猫だ。
「お前…銀時に似てるな」
土方の瞳がすぅ、と細められた。
猫の首を乱暴に掴む。
「ぎ…に゛ゃぁ゛ぁ゛…」
土方はただ無表情で、猫の首を絞めていた。
「お前を殺せば銀時が帰ってくる…そうだろォ?だって似てるもんな。猫の中に銀時が居るんだ…だから死んでくれよ…」
ギリ、と手に力をかける。
…瞬間。
土方の体が吹っ飛ばされた。
視界に映るのは赤い傘と赤い少女。
目尻に涙を浮かべて立っている。
その足をぶるぶる震わせながら、よたよたと近づいてきて、猫をよしよしと撫でた。
猫は気持ちよさそうに喉をならすと、どこかへ行ってしまった。
少女は、一瞬ほっとした表情をした後、倒れている俺に向かって吐き捨てた。
「……死ねばいいアル」
「………」
「お前なんか、死んじまえヨ。死んでも誰も悲しまないアル」
「…それを、わざわざ言いに来たのか?」
「そうアル。お前は…もっといい奴だって…信じてたヨ…銀ちゃんの大切な人だから…ワタシ信じてた…」
神楽は俯いたまま言葉を紡ぐ。
「俺を…か?仕方ないだろ…護れなかったんだ。……死んだ後に言われても…遅ェんだよ…っ…」
土方もまた、俯いた。
自分の弱さに、非力さに、何度後悔しただろうか。
今の土方は、ずっと゛If゛の世界を見ている。
自分がもっと強かったら、ああしていたら、こうしていたら…銀時は死ななかったかもしれないのに。
「お前は、何で銀ちゃんが死んだか知ってるアルカ」
「………」
「銀ちゃんが死んだ、って…誰が言ったアルカ」
「…………」
「銀ちゃんの遺体…いや、銀ちゃんが見つからないネ。あの場所に戻っても、高杉だけが転がってたアル…銀ちゃんが居ない。死体は一人で動くアルカ?」
神楽が言った言葉をからっぽの頭の中で並べていく。
「……生きてる…のか…?」
「…分かんないヨ…だからマヨラ…協力するアル!」
望みは0%じゃない。
99%が駄目なら…俺は、残りの1%にだって、命をかけてやる。
曇天の空が晴れ間に変わっていく中で、土方は己に誓った。
「絶対…探し出して見せる…弱くて…ごめんな、みんな…」
擦れた声は、風の音にもみ消された。
END