銀魂1
□終末を告げる時計
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どうして。
どうして俺は、離れてゆくお前の背中が泣いていたことに気付かなかったんだろう。
どうして…すがりついてでも引き止めなかったんだろう。
どうして…
…どうして、俺はあんなにバカな事をしてしまったのだろう。
ごめんな…土方…。
土方と別れてから3日。
食事が喉を通る事はなく、徐々に感情を表さなくなった。
笑わない。
銀さんが、笑わない。
それは僕たちにとって、悲しく、苛立たしい光景だった。
「銀さん、ジャンプといちご牛乳買ってきましたよ!」
「今週のジャンプ、手に入れるの苦労したアル!」
まるで人形のように、動かない。僕たちの話を聞かない。
目が、光を失っていた。
どれほど土方さんの存在が大きかったかを指し示すように、銀さんは感情を殺した。
毎日が輝いていた。
楽しそうに出かけてゆく銀さんを、僕らは止めることが出来なかった。
゛飲み過ぎには気を付けて下さいね゛
いつもそれだけ伝えて。
朝、銀さんは幸せそうに寝ていた。
それが嬉しかった。
そんな銀さんが、
急変した。
事情は知らない。
だけどきっと、土方さんと何かあったんだと思う。
「ねぇ、銀さん…今日、街で土方さんに会いました」
死んだように時を止めていた銀さんが、ぴくっと肩を揺らした。
「凄く…綺麗な人と歩いていましたよ」
僕がそう言った直後だった。
ポタリ、ポタリ。
頬を伝い落ちた涙は、机にシミをつくっていた。
沈静した万事屋に、ただただ銀さんのすすり泣く声が響いた。
「ふ…ぐ…っぅ──」
銀さんが、涙を溢した。
良かった。
まだ、銀さんの心は死んでない。まだ、銀さんは土方さんを好きでいる。
その事実を確認したかったんだ。
「銀さん、まだ、間に合いますよ?」
土方さんは、気まぐれで人を傷つけるような人じゃない。
あんなに幸せそうだった土方さんが、理由も無しに銀さんを切り捨てるはずがない。
僕は、そう思っていた。
「失礼しやーす土方コノヤロー!!」
ドカーン、とバズーカが土方めがけて飛んでゆく。
それをひらりと交わし、細いため息をついた。
「あのな総悟、いい加減に…」
「いい加減にするのはアンタの方でしょうよ」
空気が変わった。
沖田は、ただ真っ直ぐな目で土方を見下ろした。
やがてそれは、軽蔑の眼差しに変わる。
「土方さん、アンタはもう少しマシな人間だと思ってた」
沖田が呟いて、ちら、と悲しそうな顔をした。
土方は、ただ困惑するばかり。
「はぁ…?」
「旦那がどんなに悲しんでるか、旦那がどんなに泣いているか、旦那がどんなに叫びをあげているのか、アンタは分かってない!!」
──銀…時?
どうしてだ?俺はあの時、お前に嫌われるようにわざと酷い事を言った。
これで嫌われたと思った。
お前が幸せになれば、それでいいと思った。
あの日。
俺は銀時をフッた。
それでも嫌だと言うから、無理矢理抱いた。
それでも銀時は泣きも喚きもしなかった。
゛…おれ、ひじ、かたが、すき…なん、だ…゛
どうして。
俺は自分の心がぐちゃぐちゃになって、一心不乱になって銀時を辱めた。
゛お前なんか、好きじゃねぇよ゛
その時、銀時は初めて涙を見せた。
「旦那は…アンタがいいって…言ったんですよ」
「…あ?」
「アンタがフッた日、俺は旦那に偶然会いやして、話を聞いたんです。そしたら旦那、アンタの悪口なんて何も言いませんでした」
゛旦那、俺じゃ…俺じゃアイツの代わりにはなれやせんか?゛
゛……ごめんね。俺、アイツがいいんだ。アイツしか…土方じゃないとっ…゛
「これ以上、旦那を苦しませんな」
次、旦那が泣いた時は…
俺がアンタを、殺しやす。
「ハ…バカじゃん?今俺が行ったって、どうにもならねェのに」
銀さんは言ってたけど、その目はすごく悲しそうだった。
本当は辛いのに、わざと強気なふりして。
そうやって…いつも僕らを護ってくれて。
「…銀さん、たまには…自分を大事にして下さい。理由も分からないまま、別れちゃっていいんですか?」
「……」
「このままでいいんですか?」
「……うるせェ!!俺はもうっ、嫌なんだよ…!!こんな女々しい奴、俺なんかじゃない!!土方と別れたくなかった!だけど仕方なかったんだ!!土方が…俺を嫌いって言ったから!!!これ以上嫌われるのは御免なんだよっ…っ!!」
──あぁ。
銀さんは、本当に土方さんが大好きなんだ。
そうじゃないと…
「ひぐっ…ぐすっ、ぐしゅっ」
あんな風に…誰かのためになんか泣けない。
「銀ちゃん、悪い奴はみーんなワタシが消してやるアル」
「…神楽?」
「銀ちゃんの幸せを奪うやつは、ワタシが消してあげるアル。安心するヨロシ」
ニッ、とはみかんだその少女の目は、真っ直ぐだった。
俺だって、土方がそんな奴じゃないって信じてる。
本当に俺を嫌いになったのかもしれない。
だけど、理由が知りたいんだ。
何もしないまま終わるなんて嫌だ。
「銀さん、」
「銀ちゃん、」
゛──いってらっしゃい゛
その先に幸せがあるかなんて分からない。
だけど、俺は自分と向き合うためにも…
アイツに逢いにいく。
銀時と別れる2日前の事だった。
副長室に籠もって書類と格闘していたら、襖の前に人の気配を感じた。
「どうしたんだ、そんなに黙って……近藤さん」
ガラッ、
襖が開いて、辛気臭い表情を浮かべた近藤さんが立っていた。
「あのな、トシ…何れこうなると分かっていたんだが、言わなきゃならねェことが「──分かってる」
アンタが告げる前から、
俺は知ってた。
ゴミ箱に煙草の灰を捨てに行ったときに、俺は偶然、丸められた新聞を見てしまったから。
「万事屋を…………いや、白夜叉を…
殺せとの命令があった」
分かっていた。
アイツが、過去の英雄だってこと。
分かっていた。
いずれ、こうなること。
分かっていた。
警察とアイツは、敵対するってこと。
だから、だから俺は…
「分かったよ、近藤さん」
土方が好きだ。
どうして?好きに理由なんてあるのかな?
真っ直ぐで、誰よりもプライドが高くて、頭ん中はマヨネーズで、芯はしっかりとしてて、そんな綺麗な、アイツが好きだ。
踏ん切りをつけるためにも、
理由を聞くためにも、
俺はまた、屯所の前に立っている。
駄目なところを直すから、考え直してよ!!
そんなことは言わない。
だけど、
自惚れてるかもしれないけど、
確かにアイツも…俺を好きだった。
なのにどうして?
「あれ、万事屋の旦那じゃないですかぁ!何の御用ですか??」
屯所から、山崎が出てきた。
俺は適当に用件を述べた。
中に通されて、長い床を歩いていく。
もうすぐ、着く。着いてしまう。
怖い。
拒絶されるのが怖い。
だけど、俺は…っ
「副長ーっ、万事屋の旦那が来ましたよー」
襖を開いて見た土方の表情は、かたく凍り付いていた。
「…お前、なんでいるんだよ。言ったろ、俺はお前を「嘘つくな!!」
ハッ、と我にかえった時にはもう遅かった。
自分でもびっくりするくらいの大声がでたから。
「…とりあえず、座れよ」
土方が言って、俺は静かに頷いた。
「───それで?」
何をしにきたんだよ、
「俺…は、理由を聞きに来たんだ。復縁が目的じゃない…」
「理由なんて、ねぇよ」
嘘だ。
「嫌いになったのに、理由なんかあるかよ」
嘘だ。
「もう嫌なんだよ。お前といたくない」
嘘だ。嘘だ。
「早く出てい「土方、」
……どうして。
「お前さ、なんで泣いてんの…?」
土方の瞳からは、涙が零れ落ちていた。
「土方…頼むから……嘘、つかないでくれよ…」
失敗、した。
泣かないと、断ち切ると、決めたのに、なんで。
「銀…時…」
お前に触れたい。
こんな現実から、逃げ出したい。
本当は、お前に嫌われて、お前に殺される気でいた。
それなら、幸せだから。
「ンなことより…お前と離れるほうが、嫌だ…」
銀時を抱き締めて、ごめんと言った。
許されるわけ無いけど、ごめんと言った。
「銀時…さっきの言葉、撤回…してくれないか?」
「さっき…?」
「復縁が目的じゃない。ていうやつ………
一緒に、いたい」
万事屋と真選組宛てに、手紙が届いたのはその日から一ヶ月後の事。
こんにちは。
元気ですか?
俺たちは二人で暮らします。
たまに帰ってくるから、ちゃんと糖分とマヨネーズは揃えておいてな?
こんな俺らに賛成してくれてありがとう。
大好きだよ。
土方 銀時
「ふん、銀ちゃんが幸せなら私はそれでいいアル!」
END