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□柔らかい夢
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彼に会いたくて、会社に来た。今日はクリスマス。時計は既に11時を指している。満月がちょうど出ているのを見つめながら、はあー、と吐息を吐くように深呼吸。白くなってすぐに消えた気体は私の不安を少しだけ募らせた。


意を決して自動ドアをすり抜ける。エントランスは受付嬢もおらず辺りを見回しても人影すら見つからない。残業をしている人は他にいないのだろうかとエレベーターのボタンを押す。彼の会社に来たのは初めてであり連絡はしていない。「残業で遅くなるから先に寝ててくれ!本当にすまねぇ!」と一方的に電話を切られた時は泣きたくなったものだ。極め尽けは何度かけ直しても繋がらない。おいおい、私はあんたの彼女でしょ、そりゃないんじゃない?たとえ遅くなるからって今宵はクリスマス。待ってくれ、と言われた方がまだ妙な気持ちにならなずに済んだのに。複雑な気持ちでケーキにラップをして冷蔵庫に入れた。残業はよくあること。彼を信じていないわけではない。信じていないわけではない……けれど……。


何階で仕事をしているのかすら知らないので取り敢えず二階へ上がる。こんな時になって二人でいる時は仕事のことは持ち込まねぇと宣言していた彼が憎い。全十五階もある広いオフィスを一階一階捜し回らなければならないのだ。せめて部署くらい聞けばよかったと後悔する。



「……あの、どなたかいませんか?……」



声が暗いオフィスに溶けていく。私はアレか。田舎で迷って不在宅に助けを求めるアレか。アレなのか。真っ暗なオフィスは怖いくらいに無音を突き通す。ああ、飲み込まれてしまいそう。



「…おい?……名無しさん?」

「うひゃあっ!!?……ま、政宗!!」

「なんて声出してんだよ」



後ろから現れて、Hahaha、と爽やかに笑うコイツの頬に一発拳をねじ込ませたい。相変わらずムカつくくらいいい笑顔と色気のある顔立ちを見て、さっきまでの怖さも色々と吹き飛んでしまう。



「わざわざ来てくれたのか?」

「……うん、いきなりごめんね。お邪魔しちゃって」

「いや、いいぜ。誰もいないし。俺も会いたかったからな。寒かったろ」

「ん、平気」

「で、cakeは持って来たのか」

「……お生憎、この身一つで来たわ」

「good。それだけでも充分だ」

「嘘つき」

「何が嘘だ。ほら、イジケてないでこっちへ来いよ」



差し出された手を仏頂面しながら握ると、ぷっと笑われて、頭をもう片方の手でわしゃわしゃとされる。髪ぐっちゃぐちゃだよ!あーあ!と思ったのも束の間、私の手を引い張てオフィスを出て、エレベーターのボタンを押す政宗。



「どこに行くの」

「社長室」

「……はい?怒られるんじゃないの」

「怒られねぇよ、最上階へ行くだけだ」



いやいや、バレたらまずいでしょう。私は知ーらないっと。そうこうしてるうちに着いたエレベーターが開かれる。しかし、動こうとしない政宗。



「ねえ、どうかしたの?」

「名無しさん目をつぶれ」

「え、(キスするのか!?ベタな)うん」



少し唇を突き出してキスを待っていたら手をまた引っ張られる。どうやらエレベーターに乗ったようだ。なにこれ私、恥ずかしい。キスじゃないじゃん。うわ、後から思い出してまた恥ずかしくなるタイプのやつだ、コレ。あちゃー!



「社長室も結構いいもんだぜ、普段は堅苦しくて嫌になるけどな」

「うふぇ!?」

「お前の奇声っておもしれぇな」

「か、考え事してたの(びっくりした)。ってそれより普段、社長室に出入りしてるなんてすごいね。重役なんだ」

「言ってなかったが、俺が社長だ」

「…!!!!!!!」

「Hahaha声になってねぇぞ。ンとにおもしれぇな名無しさんは」



そうか、だからか。よくデートの時に迎えに来てくれるベンツ。あれはレンタカーじゃなかったんだ。毎回毎回乗っててお金大丈夫かなあと心配してたけど。そういうことか。金持ちなんだ。政宗が社長でベンツがマイカー……。ま、いっかー!難しいことは。(マイカーなだけに)



「まいっかー」

「おい、大丈夫か?」



チン、と音がしてエレベーターの開く音が聞こえる。私は目を瞑ったまま、政宗に手を引かれて歩く。しばらく歩くと政宗が足を止めた。つられて私も止まる。



「目ェ開けてみろ」



そう一言告げられて私は恐る恐る瞼を上げた。そこには光り輝くネオンが夜の闇を懸命に照らす夜景を窓から眺められた。赤と白のコントラストが強調された街は幻想的な雰囲気を醸し出している。遠くに建っているタワーは装飾されたおもちゃのような可愛らしさと神秘さで思わず息を飲む。



「ね、政宗あのタワー…」





……ちゅっ




振り向いた矢先にキスをされ目を丸くする。少しして離された唇を追って政宗の顔を見て悟る。ああ、
































涼しい表情をしてニヤリと口元を上げるこの人は間違いなく私の麻薬。これに依存した私は一生狂わされてしまうのかもしれない。それでも構わないと思ったのはいつ頃だっただろうか。もう思い出せない。







End,




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