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□きみはいつも涙の気配がするね
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私は秘密の恋心を抱いている。秘密というのはこの気持ちを誰かに知られることなく、且つ、それを自分の中で無意識の境地に追いやるということ。忍の私にはそんなこと造作もないが、無意識を徹底すると恋心が痛む。まるで自分は彼から何とも思われていない錯覚に陥るような。実際、年が離れすぎているし、そうなのかもしれないが。
「名無しさん、明るくなったら大将にこの文を届けてくれる?」
「はっ。了解致しました」
「それと、明日は俺様任務で遅くなるから旦那のこと見ててくんない?この前、大将と殴り合いして屋敷を半壊させたでしょ?」
「承知致しました」
「じゃ、色々とよろしくね」
「はい」
まだ月が出ている宵の薄暗い刻、部屋で仮眠を取っている私の元へ音もなく現れた佐助はいくらか疲れた顔をしていた。佐助によって開かれた障子の隙間には月明かりが差し、それを背に受ける彼の顔はよりいっそう暗く感じられ、彼の疲労を表わしているように思えた。しかし彼は私に心配させる隙を与えず、いつもの笑顔で平常を取り繕っている。本当に完璧な人。
「行ってくるよ」
「………あ、あの…!」
「どうした?」
障子に手を掛け闇に消えて行こうとした佐助を呼び止める。振り向いたその顔を見て私は一瞬、口にしようとする言葉を思い留まったが、今しかないと自分に言い聞かせて口を開いた。
「お疲れではないのですか?」
「えー、これくらい大丈夫だよ?」
「もし可能ならば私も一緒に任務を……」
「名無しさん。気持ちは嬉しいけどこの任務は生半可なものじゃないんだ」
「私だって忍です!」
「うん、そうだね。けど、君はまだ14歳だ」
「……そんなこと…。いつでも命を捨てる覚悟はあります!」
「うん。でも俺様、名無しさんを助けて任務失敗なんて結果は嫌だなあ?」
諭すように微笑みながら彼は有無を言わせずに瞬く間に姿を消してしまった。後に残るのは心臓に空洞があるように苦しい気持ちだけ。この気持ちの処理の仕方など知らない私はしばらくその場で俯き、再びのそのそと布団の中へ戻った。
‥…‥…‥…‥…‥
翌朝になると私は信じられないものを見た。長い間、固まっていたように思う。これは夢なのではないかと、頬をひっぱたいてみたが痛みと共に熱をもち始めるそれは確かに現実を知らせている。なら、何故?
何故、私の隣に任務へ向かったはずの彼がいるのだ?
「……ん…ぅ……ぁ。名無しさん起きてたの?」
目を覚まして微笑みかけてくる彼の存在に不思議がるよりも、私はこの際もうなにもかもどうでもよくなった。隣に佐助がいる。ただそれだけじゃないか。こんな状況で一々詮索していたら女が廃ってしまう。つまり、自棄糞と言うものだ。
「おはようございます」
「あれ?驚かないんだね。こっちがビックリしたよ」
「驚きを一周して冷静な気持ちになりました」
「うん、名無しさんは明らかに忍に向いてるよ」
くぁ〜、と欠伸をする彼はまだ寝足りないのか少し微睡んでいる。その姿をすぐ隣で見るとまるで恋人同士のような錯覚に陥る。遅れて出てきた乙女心は頬をうっすらと色付けさせた。いけない、勘違いしては。きっと佐助は任務が終わり疲れ果てて、布団を敷くのも面倒で私の部屋に来たのだろう。
「あ、言っておくけど俺様に襲われても文句は言えないよ」
「……文句など言いません、貴方のご命令ならば何でも従いますから」
「悲しいことを言うんだね、名無しさんは。まるで心のない人形みたいだ。やっぱり名無しさんは忍にピッタリだよ」
「そうでしょうか。貴方になら何をされてもいい、…貴方を信じているから私はそう言えるのです」
「………名無しさん……」
「貴方は私と同じような想いで私を見ていないのは分かります。だからこそ…もうこのような真似はしないで頂きたいです」
終わった。夢見る私の心を諦めさせるのはこうする他ない。泣いているこの胸の内に気付かないふりをして、私は掛け布団を退かし、心地良い温もりが残る布団を出ていこうとした。彼の表情は分からない。
「名無しさん」
腕を掴まれ、強い力に抵抗する間もなくまたあの温もりに引き戻される。上には天井、腕には力強い手、正面には彼の顔。苦しそうでいて嬉しいといった不思議な表情を彼がしているのが間近で見て分かった。
「誰が出てっていいと言った?」
「…ぁ…っ…」
「俺様のことを分かったような口を二度と利くな。名無しさん、何からそんなに逃げているんだい?」
「……っ…」
「年の差が気になるのか?それとも自分の上司だからなのか?……名無しさん、俺達に壁があると語るなら、今はただの男と女に成り下がろうよ」
きみはいつも涙の気配がするね
泣きながら小さく頷くと涙を指で優しく拭われる。等身大の温かさに夢現な気分でふわふわとする。これは夢などではないと、力一杯抱きしめられ、私は愛しい人に必死にしがみついた。
End,
→アトガキ