BOOK(K)

□margarine
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本日は、平和だ。
芸術的な枯山水を眺めながら、テーブルをはさんで二人向かい合って座り、朗らかに世間話に花を咲かせていた。
「あわよくばヴァレンティーノ及び野良の情報を引き出してこい」という荻や助手からの言いつけは、まるで蚊帳の外にして。

「ねぇ見てみてぇにーに♡」
「なんだ、遥?」

ふと話が途切れた後、遥がテーブルの下に手を忍ばせて、小さな箱を出してきた。

「みてみてぇ、ネット販売で買ったマーガリンなんだ、これ。おいしいんだって」
「遥、マーガリン好きなのか?」
「え?ううん、にーにが好きかなと思って」

確かに、そのパッケージはいつも、朝トーストに縫って食べるそれと同じものだ。塩分控えめ、されど口当たりはまろやか、ほんのり焦げたトーストにぴったりな風味。目玉焼きやレタスを乗せると最高にうまい。
しかし、わざわざネット通販なんかしなくても近辺のスーパーであわよくば2割引きで買えるのに、と思いながら、「身体の弱い遥は買い物に行く力もないのだから仕方がない」と即座に納得した。

「遥?」
「なに?にーに」
「箱あけてどうするんだ?そのまま食べるのか?」
「うん、おいしい食べ方、にーにに教えてあげたくって!」

簡易な箱をこじ開け、中の銀の包装を剥がす。かすかなマーガリンの香りが鼻をかすめて、本能的に鼻先がひくりと動いた。

「にーに、あーん♡」
「あーん」
「おいしい?」
「んー、やっぱりパンに縫って食べたい」

指先に掬われたそれを差し出され、舐めとる。わずかな塩気がジワリと舌に広がって、すぐに解けたそれを飲み込んだ。ただやはりおいしいと言うには物足りない。
不満そうな兄に、遥は「だよね」とほほ笑んで見せた。

「何かに縫って食べるのがおいしいんだよね、にーに?」
「ん?ああ、パンとかないのか?遥」
「パン?そんなのいらないよ。ほら、にーに」
「遥、俺マーガリンだけじゃ流石に食べ」
「…なめて♡」
「……ぺろっ」




「ん、にーに、もっと上手に舐めて?」
「んん、遥…気持ち悪く、ないのか?」

テーブルの上に開けられたマーガリン。それを指ですくって、次々に自分自身の身体に落としていく。
洋は、それを丁寧に舌で拭って、そのたびに遥の顔を仰ぎ、続きを催促するように真っ赤な舌をちらつかせた。遥がマーガリンを掬っている最中にも、残滓がもったいないとでもいうように、遥のまっ白い肌に舌を滑らせた。

「こうするとね、身体がとっても元気になるんだよ。ヤギ乳株式会社のヤギ社長の自伝でね、マーガリンを身体にぬると元気になって、お肌もつるつるになるし、いいことばかりなんだって」
「これでお前は、元気になれるのか?」
「うん、にーに」

愛しい弟の言葉にすっかりと懐柔され、それを受け入れる兄。
自分の肌をただ愛しそうに舐める兄に、ほほ笑みながら遥はそっと、その肩を押した。

「ごめんねにーに、さっき僕間違えたこと言っちゃった。にーにの身体についたマーガリンをね、僕が舐めると僕が元気になるんだ。でもね、にーにも元気になれるんだよ、便利でしょ?」
「…?」
「だからにーに、服脱いで?」
「…遥が元気になれるならなんだってするぞっ」
「ありがとうにーに♡」

そう言って自ら上着を脱ぐ兄に、一人ほくそ笑みながら、遥はマーガリンを再度、指先にとった。
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