作品集

□夏休みなのに学校へ
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―コイツの席かよ。

デスクが観月のだと知ったら・・・こっから、立ち上がりたくなくなった。
ぐるぐると椅子を回転させてみた。

ぐるぐる。

ぐるぐるぐる。

ぐるぐるぐるぐる。

「高野、壊すなよ」
「・・・・ん」

会話が弾まない。弾むわけも無いけど。だからって、席を譲りたくない。自分が駄々をこねてる可愛げの無いガキだって分かってる。

でも、

―まだここに居たい。

ちらりと観月の様子を伺えば、腕組みをして俺が椅子を回すのを見ているだけ。このまま何も喋ってくれないのか。

キィ・・・。

とうとう俺は椅子を回すのを止めた。もう椅子を回すのは限界だ。
椅子が悲鳴を挙げたんじゃない。居たたまれない空気に俺の精神が悲鳴を挙げた。

「帰る」
「・・・何しに来たんだ、お前」
「・・・・んでも、ねぇよ」

冷房に当たりたかっただけ、と言えば本当。最初の目的はマジそれだったし。だけど、アンタが来たら目的は変わった。

―もっと話したい。

言えるはずの無い、恥ずかしい言葉。
それを呑み込むと、俺は観月に席を明け渡す為に立ち上がった。

「い゙?!」
「っと・・・・」

脳みそがぐらついた。貧血みたいな、あんな感じだ。
けど、違う。後先考えない馬鹿な俺は回転椅子で目を回したんだ。

結果、よろけた俺は観月の腕にダイブしてしまった。マジ格好悪ィ。

「馬鹿か、お前」
「・・・るせぇ」

そう跳ね返してみたものの、やっぱダメだ。脳みそグラグラ。気分最悪。

「高野、重すぎる」
「頑張れよ・・・男だろ」

見掛け倒しを避けるべく付けた筋肉は、こんな時に全然役に立たない。重量感がアップしただけ。

「お前も男なら、早く自分の足で立ってくれ」
「無理ぃ」

脳みそグラグラ感はすぐに消えていって、もう自分の足で支えられる気はする。が、こんなチャンスは他に無い。当分抱き付いてよう。

「高野、もう立てるだろ」

残念、失敗だ。
観月は俺の脇下に腕を入れ、そのまま俺を回転椅子に再び座らせた。

その時、

微かに足下から聞こえた金属音。俺はその音を知っている。体の奥から熱を蘇らせる、その音。

床に落ちたのは、安全ピンだった。

―!!!!

観月が「しまった」と思ったのか顔をしかめ、安全ピンを拾おうとする。
だが、観月が拾う前に安全ピンは俺の左手の中に収まった。

「高野、」

観月の表情を伺えば、眉間の皺が幾分深まったように見える。

「なんで、コレ持ってんの」

5cmあるか無いかのサイズの安全ピン。全身銀色。あ、観月の眼鏡とお揃いじゃん。

「4組のカーテンが裂けたんで、応急処置だ」
「へぇ。あっそ。コレ余ったの?」
「・・・・・」

留め具から針の部分を出すと、鋭く尖った針が顔を出した。

―穴、開けたい。

なんなら今ここで安全ピン、耳朶にぶっ刺して無理矢理穴作ったて良い。むしろ観月の前で穴を開けてみたい。

「高野、お前が思ってることは分かるが・・・」
「俺が何考えてるか分かんの?観月センセ」
「どうせピアスの穴開けたいんだろ」

どうせ。妙にその単語が引っかかった。
どうせ、か。

頭上で観月が軽く溜め息を零したのが聞こえた。

―何やってんだ、俺。

テンションが急降下し始めた。
穴を開ける姿なんか見せたって、どこが楽しいのか。金属が皮膚を突き抜けるのが快感なのに。

「机の上に置け」

頭上から下る命令に、俺は素直に従った。
カチャといたずらな音を響かせて安全ピンは観月のデスクに降り立った。

「中間テストの勉強は進んでるか?」
「・・・俺が勉強なんか、やると思うか?」

顔を上げると、観月が首を横に振っていた。

「無いな」
「だろ・・・?」

観月が話題を変えてくれたのは、正直有り難かった。あの息の詰まるような空気は嫌いだ。

「じゃ。俺帰りまーす」
「途中で倒れるなよ」
「はーい」


今日はひとまず退散。
俺が職員室を出ようとした時、

「高野、お前が今回の中間テスト」

―中間テスト?

「良い点とれたら」

―・・・と、とれたら?

「先生直々にピアスの穴開けてやる」

―な!!?

「それ、マジか?」

観月は口角を上げて笑った。

願ってもない誘惑。





end.
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