音を纏って
□9.佐助
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次の戦に向けての出発は今日の夜中からだそうだ。
また屋敷中が戦支度に追われ騒然としている。がやがやとあちこちで聞こえる音たちをぼんやり聞きながら朱音は静かに目を閉じている。やはり幸村達と一緒にのんびりと過ごす事は出来ないことで落ち込んでいるようだ。
「むー…」
騒がしいと言っても戦支度する人々が通る場所からは離れた位置に存在する、本来は来客用の部屋だった自分の部屋の前の縁側に座り足を庭へと投げ出している。寂しい気持ちを紛らわせるためにその両手に幸村から貰った木刀を握り互いの切っ先をカン、カンと軽く打ち鳴らして音を作り出している。
ひかりも今は忙しいとの事。
何故だか朱音は今日起きた時から無性にひかりに会いたかったのだが…無理なのならば仕方がない。
そして幸村達もまたすぐに居なくなってしまうし何だか良いことがない。
『つまらないの』と感じながらも木刀の、真剣でいえば刃の部分同士を今度はぶつける。
先程より少し細い音が生じる。
暫く、様々な角度から当て続けていたのだがやがて呆てきたのか、んしょ、と伸びをする。
スッと腕を空に突き出した瞬間、図らずも先ほどのある事を思い出して朱音は眉間に皺を寄せた。
それを見計らったかのような声が降ってきた。
「暇そうだねぇ〜朱音ちゃん?」
その声は、今一番会いたくなかったであろう人物のものだった。
朱音の眉間の皺が深くなった。
相手も一々それに反応する。
「あららー機嫌損ねちゃった?」
『うるさい』
朱音がこの言葉を知っていたら間違いなく、今使っていただろう。
そんな朱音の気持ちはお構い無しに声は勝手に喋る。
「どーしちゃったの。いつも以上に俺様に冷たいんじゃねぇの」
ひょいっ、と上から朱音の目の前に人物は勿論、天敵さしけ。
廊下の天井の板を外して逆さま宙吊り状態で現れた彼と顔が一気にすれすれまで近づいてしまいそうなことに気付いたので、朱音は素早く体をのけ反らせた。
「あら、残念」
何が残念なのかは知らないがムスッとしたまま朱音は佐助と渋々目を合わせた。
逆さまに向けているので彼の鮮やかな橙色の髪が重力に従い下に垂れている。
初めて見たのが彼だったせいか彼の髪型といい服装といい何も不審には思わなかったのだが、今周りの人と比べてみると彼はとても目立っているような気がする。
つまり本来隠密行動を徹底する忍には向いていない外見をしているのだ。
朱音が忍はどういうものかがまだ明確にわかってなかったためにここまで考えはしなかったが、少なくとも《忍》の役職を知った際には佐助に対し何かしらの客観的な反応を見せてくれるだろう。
「珍しい…のかな?アンタが人の気配がわからなかったなんてさ」
宙吊り体制を変えないまま佐助がへらへらしながら朱音に話しかける。
実際朱音は、ぼうっとしていた為佐助の気配には寸前まで気付けなかった。
何となく嫌だった。
今佐助には会いたくなかったのだ。
それは先程の自分の行動の為か、元からの敵対心……のようなものからか。
そもそも屋敷中が忙し空気の中わざわざ佐助だけがここに来たのか。せめて他の誰かならまだ気も和らいだのかもしれないのに、と不服感を感じる朱音は佐助がわざわざ忙しい合間を縫って接触しに来ていることには気づいていなかった。
「…それがしは、」
居心地の悪い感情たちに呑まれたまま、低く、声帯を震わせた。
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